エンター_ザ_セルフ_ケイジ

エンター・ザ・セルフ・ケイジ

「なー、あれの面白さ、わかるか?」
高校生の休み時間はいそがしい。体操服に着替え、古文の宿題を写し、早弁をかきこむ。時には忘れた英和辞典を求めて走ることだって必要だ。今の自分も例にもれず、四時限目の生物で眺めるだろう図録を借りに、八組へ来ている。
川原(かわら)は俺の指さす方向をしげしげと見つめた。答えとともに、引き出しから現れるはずの図録を待つ。斜め前からメンチカツサンドのにおいが漂ってくるが、気にしてはいけない。
「……わからん」
「そうだよなぁ」
近ごろ一年女子の間で、妙な占いがはやっている。

その占いには、たくさんのやり方があるらしい。使うのはトランプのようなカード。占う前に混ぜるのも、トランプと同じだ。ババ抜きのように、手で広げた中から一枚引かせる方法をよく見かける。
他にも神経衰弱のように裏がえして並べ、何枚も同時にめくらせたり、あみだくじを引いてからカードを選ばせるのも見たことがある。もう、トランプでやればいいんじゃねーの?
どのカードにも古風なイラストが描いてある。女王様や死神みたいな人の姿もあれば、何だかよくわからないものもあった。描かれた絵柄の意味などまったくわからないが、カードをひと目見た瞬間に一喜一憂する女子を、毎日のように目撃する。
占うのは一日に一度だとか、別の人に占ってもらうなら何度でもいいだとか、いろいろと細かいルールもあるみたいだ。
「早瀬(はやせ)もやったのか? タロット占い」
「こないだ水川(みずかわ)に引かされた。やばいの出たっぽくて、すげー笑われた」
「何引いたんだよ」
「たしか、灯台みたいなやつが描いてあった」
何のカードか察したらしく、川原が低く笑う。そんなにマズいやつだったんだろうか。
そういえば、何を占ってもらったのかすら、覚えていない。

「ないな」
「マジか」
「たぶん、ロッカー」
椅子をガタガタ言わせながら川原が立ち上がる。と同時に、後ろの席でカードを引いていた女子が黄色い、いや、金切り声をあげた。興奮しているのか、顔が真っ赤だ。
「やだぁ、今日、絶対何かあるー!」
「気をつけてれば大丈夫だよー。ふふふ」
あまりの取り乱しようが気になって、手のうちのカードをのぞきこむ。俺が引かされたやつと同じ、灯台のような絵のカード。よく見れば、下のほうに英語の文字が書いてあった。
ザ・タワー。これ、塔だったのか。
俺もこないだ、それ引いたよ。声をかけると、ほんと? という目で見つめられる。ほんとほんと。嫌なことなかった? うん、たいして何も。
「よっぽど大事なこと、占ってたんだね。はい、図録」
「さーんきゅ!」
「やっぱ、タワーはショックだよー。一番よくないカードだもん」
「そう、引かれたほうにもちょっとだけ、罪悪感わくしねぇ」
なるほど、俺は笑われるほど、最悪なカードを引かされたわけだ。それがわかると、あのとき何を占ってもらったのかがひどく気にかかった。
休み時間を断ち切るチャイムが鳴って、しぶしぶ足をクラスに向ける。分厚い図録の重みを指先に感じた。
目の裏によぎる、塔のイメージ。

「今から引く一枚のカードは、早瀬の…………を予言していまーす」

面白さなんて分からなくとも、あれは気持ちをしばるんだ。
頼まれたって、もう引くものか。心に決める。廊下を走る。


エンター・ザ・セルフ・ケイジ 終
再掲元:pixiv 2010/11/27

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