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編集者・ライター/本の虫がコトバの世界を旅するnote/家から目と鼻の先にある図書館を…

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編集者・ライター/本の虫がコトバの世界を旅するnote/家から目と鼻の先にある図書館を書斎のように使う/美術館とコーヒーとワインが好き

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【読書】日の名残り/カズオ・イシグロ

執事の研ぎ澄まされた佇まい、屋敷で繰り広げられるドラマ、忙しくも輝いていた日々の追憶。 失ってきたいくつかのもの。胸の奥にしまいこんできた感情。 旅路の息を吞むような美しい光景と共に、それらがまざまざと映し出される。 記憶の糸をたぐり寄せるように語られるエピソードからは、慎み深くも、確固とした誇りがにじむ。 素晴らしい小説に出会うことは、美しい光景に目を奪われることに似ている。 絶景を前に言葉を失い立ち尽くすように、物語の中に永遠に留まっていたいとさえ思う。 『日の名残

    • バケツの水と水面の映し返し

      バケツの水が溢れる。 だがその直前までは、どれほどの量の水が溜まっているかわからない。容量を超えて外へ溢れ出した時に、初めてその量を知る。 バケツの中身は水だけとは限らない。底には石や砂、そのほかにもさまざまなものが堆積している可能性だってある。 人も同じだ。表面に現れている言動だけを見ても、内面に蓄積された過去を理解することは難しい。 少しでも知りたいと思うならば、その人の体験に寄り添い、心に向き合う努力が必要になる。 ◇◆ チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨ

      • 【読書】人生の段階/ジュリアン・バーンズ

        死が最愛の人をさらう。 その瞬間から、毎朝目を覚ますことが、生きていくことそのものが壮絶な試練になる。 「不在」の影を、常に隣に感じながら生活を送ることになる。 「人生の段階」 本書は、著者のバーンズが、妻の急逝から5年後に著した作品だ。 悲嘆にくれるというよりは、どちらかというと淡々とした、抑制的な語り口でつづられていた。 だが、その語り口からはかえって、破滅的な衝動と紙一重のような危うさが感じられた。 ◇◆ 本書は、歴史・フィクション・手記の三部から構成されている

        • 【読書】1Q84/村上春樹

          ふとした瞬間に、現実と非現実のスイッチが切り替わる。 二つの世界が交差するポイントはありふれた風景の中に潜んでいて、気がついた時には跨いでいる。 登場人物たちはそれぞれに純粋な動機を持って進んでいるのに、足を踏み入れた先には、混沌とした景色が待ち受けている。 事実が一つ、また一つと明かされるたびに、かえって自分の視座への確信が揺らいでいく。 読み終えてもなお、問いを投げかけるような不思議な余韻が残る。 『1Q84』 本書は、男女の運命的な邂逅という壮大な流れとともに、

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        【読書】日の名残り/カズオ・イシグロ

          【読書】アンダーグラウンド/村上春樹

          本書は、1995年3月20日に起きた地下鉄サリン事件の被害者や関係者に、村上春樹さんが行ったインタビューを載せたものである。 この事件について、自分にとってはどこか遠い出来事という印象で、狂信的な集団による一つの凄惨な事実として認識しているのみだった。生まれて間もない頃に起きた事件であり、身近に被害を受けた人もいなかったため、ニュースで時おり話題になるほかに接点が無かった。 だが本書を読み進めるうちに、それまで持っていた断片的な、わずかばかりの理解があっさり崩されていくの

          【読書】アンダーグラウンド/村上春樹

          【読書】シェイクスピア喜劇 新訳3選

          皮肉の利いた軽妙洒脱な会話、押韻が織りなす美しい台詞。 ページをめくると、古典であることを一瞬で忘れる、そこは普遍的なユーモアと深い人間理解に彩られた世界。 今回は、シェイクスピアの喜劇を3つご紹介する。 いずれも、2013年以降に新訳が出版されている。 シェイクスピア作品は読みづらい印象があるかもしれない。台本形式の独特な文章構成への馴染みのなさ、注釈の行き来の煩わしさが、その要因だろう。 この点、新訳は大変読みやすく、作品の面白み(内容面も技巧面も)を感じ取りやすい

          【読書】シェイクスピア喜劇 新訳3選

          【読書】"The Ice Palace"(氷の宮殿)/Francis Scott Fitzgerald

          音楽的な文章、というものがあるとすれば、この小説のことだろう。 はっとするような美しい表現の中に織り込まれた少しの冷やかさや憂鬱さ、反芻したくなるような読後感を残すリズミカルな波長、そういったものを備えた文章があるように思う。 ◇◆ "The Ice Palace" この小説を手に取ったのは、村上春樹さんによる邦訳版を読んだことがきっかけだった。 冒頭部分を読んで衝動的に、原作も読みたくなったのだ。 それが次の一節である。 The sunlight dripped

          【読書】"The Ice Palace"(氷の宮殿)/Francis Scott Fitzgerald

          【読書】『大きな熊が来る前に、おやすみ。』島本理生

          人は成長するにつれ、受けた傷に蓋をし、感受性を押し殺して生きていくのかもしれない。 そうしてある程度、タフに生きる術を身につけていくのかもしれない。 だが時として、その蓋を開け放ち、抑え込まれた感情を溢れさせ、その正体に迫ろうとする。 同じように傷を抱えた人間と時間を共有することによって。 あるいは、危険なものや苦しい環境に自ら身を投じることによって。 それを期せずして追体験できる世界があることが、小説の魅力の一つではないだろうか。 そう思わされる作品に出会った。

          【読書】『大きな熊が来る前に、おやすみ。』島本理生

          【読書】『モネ 水の妖精(イメージの森のなかへ)』

          名画を本で味わう贅。 印象派の巨匠モネの絵を、それにまつわるエピソードとともに楽しめる、大判サイズの本だ。 モネの絵は個人的にとても好きで、企画展があるといそいそと美術館に足を運んでいる。 だが、コーヒーを片手に読み物として楽しむというのもまた、なんとも胸が弾むものだ。 ◇◆ この本の中で私が特に好きなページは、「印象・日の出」だ。 朝日に照らされた港湾に、小舟が浮かんでいる情景。 柔らかい日差しが水面に反射してゆらめき、すがすがしさとともに、幻想的な趣もある。

          【読書】『モネ 水の妖精(イメージの森のなかへ)』

          【自己紹介】noteを始めて1か月。読書と発信内容について。

          改めまして(初めまして)、mieこと岸本実枝と申します。 読書が大好きな、20代後半のOLです。 自己紹介をしないまま書き始め、初投稿から約1ヶ月が経ちました。 この機会に少しだけ、自分自身について書いてみたいと思います。 プロフィール大学を卒業後、民間企業で働いています。 2021年秋から、編集者・ライターの仕事をしています。(2021.11追記) 趣味は読書です。 小説から実用書までジャンルを問わず読みます。 年間の読書量は200~300冊です。 好きな作家は

          【自己紹介】noteを始めて1か月。読書と発信内容について。

          恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻す?

          「恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻す」 Love is blind, but marriage restores its sight. これはドイツの科学者リヒテンベルク(Georg Christoph Lichtenberg)の格言だ。 直感的には、言い得て妙、と思えなくもない。 だが、これを単なる皮肉として片付けるのはもったいない。 そもそもこれは真実なのか。 真実だとして、この既視感満載のフレーズを、もう一歩踏み込んで捉え直すことはできないだろうか。 今回

          恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻す?

          【読書】『ホリー・ガーデン』江國香織

          ― 名もない感情に名前をつける。 はっきりと美しいわけでもなく、はっきりと醜いわけでもない。 どっちつかずの思いや煮え切らなさに、静かにスポットライトを当てた、心の揺らぎを愛おしむような作品だ。 本書は、幼いころからの友人同士であり、共に30歳を目前にした二人の女性の物語である。 恋愛、仕事、生活、互いへの思いが、それぞれの目線を通して描かれる。 二人の友情は、この物語のある種下地としての役割を果たしている。 ただしそれは、対立や和解といった目に見える変化の形をとら

          【読書】『ホリー・ガーデン』江國香織

          【読書】『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』

          なんと繊細で、省察に満ちた文章なのだろう。 図書館の棚で見つけて手に取り、読み終えるまで、動くことができなかった。 障害に伴う様々な困難やそれに対する歯がゆさ、家族への感謝と愛情、それらを余すことなく伝える豊かな表現に、ページをめくりながら何度も胸が熱くなった。 既に世界的ベストセラーとなって久しい本書だが、自身の記録も兼ねて、書き留めておきたい。 『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』 本書は、重度の自閉症者である東田直樹さんが、13歳の頃に自身の体験や思いを記した本であ

          【読書】『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』

          【読書】『村上さんのところ』村上春樹

          村上春樹さんの小説を読むと、心の奥深くに触れるような文章に出会い驚かされることが多々ある。 『村上さんのところ』 本書は小説ではなく、読者から寄せられた質問に村上春樹さんご本人が答えていく内容だ。 全部で473件載っているが、どの回答も、読者のことをとことん想像しながら書かれていることが伝わってくる。 何かに行き詰まった時、その気持ちにそっと寄り添いながら別の視点に気づかせてくれる、そんな一冊だ。 本書の中から、2つご紹介したい。 自分に正直であることと現実との折り

          【読書】『村上さんのところ』村上春樹

          【読書】修復的司法に関する本2冊

          「ケーキの切れない非行少年たち」のベストセラーに見られるように、非行に至る以前の発達障害、認知のゆがみ、環境的要因などへの理解が浸透しつつあるように思う。 私も最近それを知りつつある一人だ。 (「ケーキの切れない非行少年たち」については既にnoteでたくさんの記事が上がっているためここでは省略する。) ただ、こうした本を読むにつけ、犯罪は刑罰を科して終わりではなく、被害者の身体的・精神的・経済的な傷つきへのサポート、被害者側の家族・遺族の生活や尊厳の回復、加害者の更生・社

          【読書】修復的司法に関する本2冊

          【読書】『家族脳』子供の脳を知ると、その行動はこんなにも違って見える

          成長することの代償だろうか。 子どもの頃に見ていた世界、流れていた時間を忘れてしまう。 道理を会得するにつれ、わが子の道理が見えなくなるとは切ないものだ。 ただ目の前のことに夢中になる体験が、かつて私たち大人の脳の成熟にも必要不可欠だったというのに。 子供のいたずらも、夫の共感力の無さも、脳科学的に見ればとても大切な特徴。 そのことをわかりやすく教えてくれる。 くすっと笑えて優しい気持ちになれる、心に効く一冊だ。 mie

          【読書】『家族脳』子供の脳を知ると、その行動はこんなにも違って見える