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【読書】『村上さんのところ』村上春樹

村上春樹さんの小説を読むと、心の奥深くに触れるような文章に出会い驚かされることが多々ある。


『村上さんのところ』
本書は小説ではなく、読者から寄せられた質問に村上春樹さんご本人が答えていく内容だ。

全部で473件載っているが、どの回答も、読者のことをとことん想像しながら書かれていることが伝わってくる。

何かに行き詰まった時、その気持ちにそっと寄り添いながら別の視点に気づかせてくれる、そんな一冊だ。

本書の中から、2つご紹介したい。


自分に正直であることと現実との折り合い

人はみんな、それぞれに役柄を与えられて生きています。その役柄をこなすことと、自らに正直であることは必ずしも一致しません。人は多かれ少なかれ、その不一致をうまくすり合わせながら生きています。

でもときどき、そのすり合わせに疲れてしまいます。それはよくわかります。

だとしたら、与えられた役柄を不足なくこなしている自分をできるだけ客観的にテクニカルに評価し、愛する(あるいはいとおしむ)ようにつとめるしかないんじゃないでしょうか。


本心が違うところにあっても、与えられた役割を演じなければならない場面が現実にはある。
自身を顧みても、仕事中はそういう場面が時々ある。

「常に自分に正直に」とは一見かっこよく見えるが、それが上手くいかない局面もしばしばある。
そんな時、その姿勢を貫きすぎると、自分自身が摩耗してしまう。

自分に正直でいる場所は、別のところに大事に取っておく、そんなイメージだろうか。


辛い体験をした読者に対して

何か本当にきついことを、つらいことを体験したときには、あまり直接的な、即効的な解決策を求めない方がいいのではないかと考えています。

あまりに早く解決策を見つけてしまうと(あるいは見つけたと思ってしまうと)、人にとって大事な「心の年輪」みたいなのが、そこでうまくつくられないままに終わってしまいます。


魅力的だな、と思う方の中には、過去に大変な経験をし、それをじっくり昇華させてきた方が少なからずいるように思う。

辛い経験を積極的にすべきだと断定することはできない。
喪失、別離、孤独、身を切るような痛みを、安易に肯定することはできない。

ただ、そうした方に出会う度、村上さんの言う「心の年輪」を多く手に入れたんだと思わずにはいられない。


最後に

読者からの質問を受け付けた17日間の間に、実に3万7465通ものメールが寄せられたそうだ。

その中から厳選された473通が、本書には載っているわけだが、それでもかなり読み応えがある。
(いわんや、回答する側の大変さは想像を絶する。)

それから本書では、イラストレーターであるフジモトマサルさんのクスっと笑える2~4コマほどの漫画風の挿絵が随所に載っている。
これがまたウィットに富んでいて(少しシュールでもあり)、味がある。

迷いが生じたとき、一つの感情に絡め取られそうになったとき、また手に取ってみたいと思う。

mie