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PLAN 75

PLAN 75

母が何かをしようとする。
手が止まる。
待てない父が声を荒げる。
先回りして指示をする。
母の考える力は限りなく萎んでいった。
介護をされる側もする側も人だから、 何がいいとか悪いとかじゃなくて。

「お父さん頑張ってるわ、すごいわ」と他人は言う。
それを聞く度、ああ私の頑張りが足りないんだろうねと後ろ向きになる。
やれる事はやっているつもりだけどさ、 足りるなんて事はないんだろうなあ。

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街かどの亡霊

街かどの亡霊

車を走らせていて見慣れた町並みを通り抜けながら、かつてあの角を曲がったところのアパートによく知った人が住んでいたことを思い出す。

その人は4階建ての建物の3階に住んでいて、何かにつけよく呼びつけられていた私はエレベーターのないそのアパートのコンクリート階段を踏みしめるように昇って訪ねたものだった。

不要品が溜まってしまって処分したいが車がないから手伝ってほしいとか、もう着なくなった洋服や靴がた

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魂の容れ物

魂の容れ物

3日前に逝った愛猫ムギが身につけていた首輪。革のバンド部分は亡骸と一緒に棺に入れたのだけど、鈴と金具の部分は燃やせないので切って残し、キーホルダーにつけた。
 
息を引き取った後の亡骸を、もう抱くことも触れることもできなくなるからという思いで何度も撫でたりさすったりしたけれど、実は自分でも意外なくらい亡骸そのものに対する執着はなかった。
 
光を失った目や、半開きのまま固まった口元、固く硬直した四

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2021年元旦

2021年元旦

静かな元旦です。
 
年が明けたといっても昨日と今日は地続きで、さまざまに厳しい状況が劇的に変わるわけでもなく、また次の1日が始まったに過ぎない――
長い戦いを強いられている方々ほどそんな思いが強いことでしょう。
 
いつ出口にたどり着けるのか見当もつかないトンネルの中にいて、それでもひととき「あけおめ」と誰かにメッセージを送る余裕くらいは得られていますように。
 
毎年行っている2年参りを今年は

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ジョズエの贈り物2020

ジョズエの贈り物2020

ずっとずっと北の国の、深い深い森の奥。
くねくねと続く1本道も、その上に屋根のようにかかる木々の枝も、真っ白な雪に包まれていました。時々聞こえてくるのは、雪ウサギの跳ねる音と、枝の先から滑り落ちる氷の音。静かな静かな森の中にニコラスじいさんは住んでいました。

ニコラスじいさんは、もうすぐそこまで来ているクリスマスにそなえて、そりの修理をしたり、子供たちへのプレゼントが間違っていないか確かめたり、

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母国語のエイリアン

母国語のエイリアン

話しているのは同じ日本語なのに言葉の通じない相手が増えた。
これはたぶん、私が時代の流れに置いて行かれてるってことなのかもしれない。

あなたの尋ねていることの意味がわからない。
あなたの答えは私の問いに対する回答にはなっていない。
それはつまりどういう意味ですか?
そう感じてしまって、もう人と話すのが億劫になってきた。

みんなあんな風でどうして会話が成立しているのか不思議でしょうがない。
省略

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母さんのベッドメイク

母さんのベッドメイク

「電話くれ」
父からシンプルなメッセージが届いていた。

仕事を終えてそのメッセージに気づいた私が電話を入れると、父はオロオロした声で
「お母さんのあれ、なんだ、ベッド手伝ってくれ」
と言う。

「ベッド?ベッドがどうかしたの?」
「あれさ、ほら、ああ、ベッドメイキング」
天気がいいし、マットレスの天日干しでもしたんだろうか。とりあえず徒歩数分のところにある両親の家へ向かう。

母のベッドはリース

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あなたとわたし

あなたとわたし

あなたが見ているこの色と、
わたしが見ているこの色は、
もしかしたら違って見えているかもしれない。
あなたが赤と呼ぶ色を、
わたしは青と呼んでいるかもしれない。

あなたが聞いてるあの音と、
わたしが聞いてるあの音は、
もしかしたら違って聞こえているかもしれない。
あなたが「いなか」と聞く音を、
わたしは「ひなた」と聞いているかもしれない。

けれど絶望することはない。
あなたとわたしは違ったまま

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あなたへの責任①(フォロワーさん急増の謎)

あなたへの責任①(フォロワーさん急増の謎)

昨年の5月あたりから急激にフォロワー数が伸び始めて、それまでたしか2桁程度しかいなかったフォロワーさんがあれよあれよと増えていきました。メールをチェックするたび、noteからの「○○さんがフォローしました」がいくつも並び、まるで私の意志なんか関係なくどこかの誰かに遠隔操作されているかのような不気味な印象を受けたものでした。

最初考えたことは、いずれかの記事(と言っても写真と一言だけですが)をどな

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