真夏なのに雪が降る夢をみた僕は、疲れてるんじゃないのと笑う恋人を横目に無視しながらいつもの濃いコーヒーを淹れる。苦い。とびっきり濃くて苦いやつをだ。そうすると一気に僕の目が覚める。頭の中にはまだあの不思議な真夏の雪の幻影がちらついていて離れてくれない、拭い去るには恋人よりも濃いコーヒーが要る。

 ねえ、とめげずに恋人が言う。
 今日どっか行くの? と不要な確認をしてくる。

 何処かへ行かないのであれば一緒にこの家の中でゆっくりしようよ、という誘いでもあるし、もしも余所へ行く用事があるならついでに連れて行ってという要求でもある、今日どっか行くの? 僕はきらいだ。この言葉が、とてつもなくきらいだ、きらい、僕がどこに行って何をしようと、この瞬間に何を考えていようと、この女には関係ないのではないか? あ、恋人、だった。ああ。

「何処へも行かない」
「ああ、そう」
「君は何処かへ行かないの」
「あなたが行かないんなら、行かない」 

 そう言って彼女は動きを止めた。電源を落としてしまったように、シュン、と独特な機械音を残して完全に停止した。それを見て、僕は後悔する。またやってしまった。自らの右手を掲げ持ってみると、そこにはやっぱりほら、コンセントに嵌め込むプラグが握られている。彼女のもの。恋人のもの。この、女の魂。いのち。
この世はどんどん便利なものになっていて、文明は確実に進化を遂げていて、家族のいないさみしいさみしい僕みたいな人間もあたたかく生きられるように、高性能なアンドロイドが普及されるまでになった。このプラグをコンセントに嵌め込むだけであら不思議、いつでもどこでも何時間だって自分の話に付き合ってくれる理想の友人や恋人がいっちょ出来上がりだ。鎖骨の間に埋め込まれた設定画面で性別や友人・恋人が切り替えられるようになってる。
こんな世の中に誰がした。
俺だよ。

 この世で一番苦くて濃いコーヒーが舌先を通って喉の奥まで味蕾を刺激しながらじんじんじんじんと音を立て食道を舐めまわす。僕を、僕のことだけを、どうか僕のことだけを見て、見ていて、認めてくれ、濃いコーヒーの黒い苦みで得られる刺激しか今のところ、僕を僕だって言ってくれるものがない。プラグ、プラグ、コンセント。これさえ刺せば僕は認められるのか、愛されるのか、愛? 愛とは?
 何も見えないまま一日が終わるのを受け入れる。眠るのがこわい。真夏に雪が降る場違いな夢を、もう何度も、何度もみているから。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。サポートいただけた分は、おうちで飲むココアかピルクルを買うのに使います。