わざと空けたスペースは未来

「食器入れたダンボールってどこだっけ」
「あなた自分で食器!って大きくマジックで書いてたでしょ」
「そうだっけ」
「ほら、あれあれ」
「ああ」

引越しって、体力と気力をべらぼうに使う。夫婦ふたりだけでずうっと、小奇麗にまとまったコンパクトな2LDKの部屋に棲んでいた。例にもれず共働きです。子どもはまだ、いないけれど、いつかは欲しいと、おもっている。なので、それを見越して広い部屋に引っ越してきた、という経緯。

もう私は、まだ自分の腹に宿してもいないうちから、子ども部屋はあの南向きの一番いいところ、と目星をつけていた。

空中には埃が舞っている。
さきほどからふたりで荷物を整理し続けているので、ぼふん、と何かを動かすたびにふわあっと細かい粒子が立ちのぼり光できらきら、きらきらする。綺麗。でも埃なんだよね。

「あなた整理整頓にがてでしょう」
「何をいまさら」
「そうね、それもそうね」
「呆れられるのはつらい」

埃舞う新築マンションの中、お互いの長年の夢が叶ったように思うのだけど、私たちはどこまでも、痛々しいくらいに、いつも通りだった。
片づけ、しなきゃいけないもの。
茫漠とした、だけど確固とした現実が、ここにはあるから。
受け止めないとね。

やっと食器を詰めたダンボールを探り当て、雑に貼られたガムテープをびりびりびり、と剥ぎながら彼は、「やっぱり食器棚、新しくしてよかったな」なんて言っている。
そうでしょう、と私は得意気に言ってやった。
これからひとりかそれともふたり、家族が増えるかもしれないんだもの。食器の数はべらぼうに多くなる。それを見越して引越しと共にあらゆる家具を新調した。まだ、腹に宿してもいないうちから。

よっこらせ、と年相応な掛け声とともに、コップや茶碗を棚に詰めていく後ろ姿をなんだかじいっと見つめてしまう。私にもし、子どもができたとしたら、それはこの人との子どもなんだなあ、とおもった。

「おれ、女の子がいいな」

そんな風に無邪気に言っている。話が早いんだから、と私は、自分のことを棚に上げて鼻で笑ってやった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。サポートいただけた分は、おうちで飲むココアかピルクルを買うのに使います。