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初めて絵を描き、初めて売る

「何かをやりたいと思った瞬間、実現せずにはいられなくなる」
文字面だけだとかっこいい私の性格は、実際にはいくつかの黒歴史を生み出す厄介なものだった。

その代表作は、社会人6年目に突如開催した「カラオケ会社説明会」。なぜか突然、「会社説明会をカラオケで行ったら社風が伝わりやすいのではないか」と思いついた私は、誰かにアイディアをパクられる前に実現しなければと、居ても立ってもいられなくなり、出会ってからまだ3回も会ってない知り合いの仕事ができそうな青年を幹事にしたて、カラオケ会社説明会の実施を決定。某広告代理店、某音楽レーベル、某金融機関などに勤める友人達をカラオケに呼びつけ、好きな歌を歌って間奏の間に自分の会社のアピールをするよう指示を出し、何もわからず集められた学生たちの前で披露させた。

そして、その会はその後開かれることはなかった。
ちなみに、この時幹事を引き受けてくれた懐の広い青年は、数年後JAXA宇宙飛行士の最終選考まで残り、私は、地球に貢献できるほどの貴重な頭脳を、カラオケ大会の運営に使わせてしまったことに申し訳なさを感じるのであった。

そして、ニューヨークでまた思いつきで始めてしまったのが、アートの展示会。
たまたま日本の和菓子屋で隣に座ったマダムが、全く経験もないところから絵を描き始め個展を開き、今年10年目でハガキサイズの絵が100万円以上の値がつくようになった画家である、という話を聞いたことから、私は自分でも絵を描いて販売したくて仕方なくなった。

早速ニューヨークに戻り、友人のMさんに、
「私絵を描いて個展やるから、一緒にやらない?」
と誘ってみた。

すると、Mさんから、
「あれ、キトさん絵なんて書いてたっけ?」
と純粋な質問が返ってきたため、私も
「ううん、初めて絵を描くよ。」
と一点の曇りない返答をした。

そして、Mさんは
「面白そう、いいよ。」
と軽く返事をし、早速知り合いが経営しているブルックリンのカフェを1ヶ月後の週末貸し切る手配をしてくれた。

その日から、私はMさんの素敵なロウワーマンハッタンのアパートで合宿をさせてもらい、30枚の絵を完成させることに目的を置き、ひたすら描き続けた。Mさんと同棲しているミシュランシェフの彼氏さんは、突然パジャマ姿の女が家に蔓延ってダイニングテーブルいっぱいにインクを広げ黙々と絵を描き始めたにもかかわらず、文句一つ言わず部屋の隅でYoutubeの料理動画を見て存在を消してくれた。

Mさんは、私1人の作品ではとても個展として成立しない、と早々に見切りをつけ、グループ個展として一緒に参加してくれるアーティストをせっせと集めてくれた。選考基準は、「性格がおおらかな人」。ニューヨークで選りすぐりのおおらかなアーティスト13名が集まり、多少の私たちの運営ミスは見逃してもらえる環境が整った。あとはできるだけ多くの参加者を呼ぶことである。

ここにきて、ようやく私は根本的な問題に気づいた。
「貴重な週末を遥々ブルックリンのカフェまで足を運んでもらえるほど、私の絵は魅力的なのだろうか。。。」

そして生まれた苦肉の策が、Mさんの彼氏に個展の日限定の特別フードメニューを作ってもらう事だった。ミシュランシェフ考案のトリュフポテトがあれば、きっとみんな喜んで個展に来てくれるだろう。

この個展は、どこかの薬のように、半分が人の優しさで成り立っているのだ。そして、お客さんも心優しい人たちが集まり、初グループ個展は思ったより賑わった。しかも、5枚も私の絵が売れたのである。私のイチオシのこの絵も、新しい主人の元へ旅立っていった。

イベントは36ドルの利益を出し、無事に終了。トリュフポテトも大変好評で、その後イベント会場であるカフェのレギュラーメニューへと昇格した。

Mさんは、もうイベントなんてやらない!と後半息切れ状態だったが、36ドル使ってカフェで打ち上げをした時には上機嫌になり、早速次回は10月の開催を決めたのであった。

私も、次回はポテトなしでも人に来てもらえるくらいの絵を描こうと、今日もMさんのダイニングテーブルを大量の画材で占領するのであった。

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