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ニューヨークのトイレの水圧は弱いので気をつけてください

人に私の第一印象を聞くと、ありがたいことに
清楚、上品、おしとやか
と言った、いかにも育ちの良さそうな人に向けて発せられる言葉が並ぶ。
残念ながら、数分話しただけでこの印象は大きく打ち砕かれ、かけらすら残らず、「見た目とのギャップが面白いね」と苦笑いされるのが、私の人付き合いのルーティーンだ。

そんな中、私は先日、この反応が打ち砕かれるどころか、
不潔、下品、くそったれ
3拍子そろい、もう会いたくない人リストに入れられてしまうほどの失態を犯しそうになった。

それは、ある雪の日、友達の家で開かれた誕生日パーティーの時だった。私は、誕生会の主役である家主と気分良くポテトやチーズを食べ、普段飲まないワインにまで手を出した。すると、突然来てしまった。

便意が。

ここが日本だったら、なるべく早くパーティーを切り上げ、帰りに最寄りの駅のトイレで用を足せば問題ない。

しかし、ここはニューヨーク。駅にトイレなんてないし、あっても入りたくないし、もう夜なので頼みのスタバも閉まってる。家まではどんなに急いでも45分はかかる。

もう待てない。

私は、友人の家で大をさせてもらうことにした。なるべく早く用を済ませるため、大が出口ギリギリまで落ちてくるのを待つ。すぐにお尻の穴がムズムズしてきたので、まるで、チーズのおかわりをキッチンにとりに行くようなさりげない足取りでトイレに向かう。

なんともスムーズに、立派な一本グソが出てきた。デトックスの気持ちよさに、大便計画の華麗な遂行の満足度があいあまり、ガッツポーズかわりに勢いよく水を流す。

手も洗い、爽やかな気持ちでみんなのいるダイニングに戻ろうとしたところ、そこにいるはずのないものと目が合ってしまった。
それは、静かに便器の奥底に潜んでいた。
私の一本グソの先っちょだ。

あまりの長さに、ニューヨークの水圧では奥まで流しきれなかったのだ。

焦った私はもう一度洗水レバーを押す。
しかし、一度は奥へ流れていくものの、水の流れがおさまると、また先っちょが戻ってきてしまう。

気が動転した。

これでは私は、"誕生者の家主に一本グソをプレゼントしてトイレを詰まらせた人"として記憶されてしまう。パーティー参加者に伝わるのはもちろん、きっと彼らは家族友人にまでこの話を言い伝えるだろう。そして、、私はこのさき誰かに会うたびに、「この人私のことウンチだと思っているんじゃないか」と、疑心暗鬼になって生きていかなければいけない。

こめかみに汗が流れ、心臓が脈打つ。初めての大学院の授業で、教授に質問されたのに英語で何を言われていいるかさっぱりわからなかった時よりもずっと、途方に暮れた。

しかし、私には一つだけ希望があった。

この経験は、初めてではないのである。

***
その経験は、今から15年前、高校2年生の夏の出来事だった。私がタカラジェンヌに憧れ、祖父と初めて、宝塚大劇場に行った時のことである。ベルサイユの薔薇を見終わった後、祖父と劇場の中にあるレストランでオスカルスぺシャルランチコースを食べた。

全てが完璧な1日だった。
突然の便意が襲ってくるまでは。

初めて聖地、宝塚大劇場で観劇ができた私は嬉しさのあまり食欲が湧き、ランチコースを祖父の残した分まで平らげてしまった。

そして、トイレに向かい用を足すと、なんと歴代最大の便が出たのだ。

やっぱり、宝塚って私にとってのパワースポットなのだ、と感動しながら流そうとしたところ、その大便はびくともしない。

私は気づいた。

宝塚には乙女しかいない。巨大便をする人間用にトイレが設計されていないのだ。

女子トイレは長蛇の列だ。私がこの個室を出れば、すぐ次の人が来て、私のウンチを見つけてしまう。そしたら、乙女でない人間がここに混ざっていることを通報され、もう私の手元にファンクラブからチケットは回ってこなくなってしまうかもしれない。せっかく一緒に連れてきてくれた祖父にも恥をかかせてしまう。どうにかしなければ…

私が必死で小さな脳みそをフル稼働させ思いついた苦肉の策が、大便を粉砕することだった。
しかし、レストランから直接きた私には道具は何もない。仕方なく、指をトイレットペーパーでグルグル巻きにして、うんちの中心をつついた。

ポキッと綺麗に2つに折れた大便は、水に勢いよく流され、夢のあととなった。

その後、大量のハンドソープを使って人差し指を洗い、何もなかったような顔で祖父の元に戻ったのだ。

ちなみに、私はこの約1年後に宝塚音楽学校の入学試験を受けるのだが、最終で落ちてしまう。母は、大劇場で大便をしたことが、小林一三先生の幽霊を怒らせたのだろうと、号泣する私をなだめた。
***

説明が長くなったが、私はこの経験があったから、友人宅で大便が流れない時の対処法はわかっていた。
しかし、30代になり、プライドができてしまった私は、もう自分の指を使うのだけは嫌だと思った。

トイレと隣接する洗面台を見渡して、目に入る中で一番安そうなものを探す。ホテルに泊まった時にもらえるような、プラスチックのヘアブラシが目に留まった。

本当に申し訳ないし、こんなことするべきでないのはわかっているけれど、私は自分の指と、このタダで手に入るヘアブラシを天秤にかけ、迷いなくヘアブラシの持ち手の部分を便器に突っ込んだ。

1突き、2突き、3突き。

ようやく、うんちが2つに折れた。そして、ニューヨークの夜の排水溝へと消えていった。

私は、ヘアブラシを急いで洗面台で洗い、匂いを何度も嗅ぎ、無臭を確認するともとあった場所に置き、トイレを後にした。これで、証拠は隠滅した。

翌日、学校で家主に会うと、私はヘアブラシを誕生日プレゼントに渡し、どうかこれを使って欲しいと念押しして頼んだ。それ以上のことは伝えていない。

一三先生の霊も、ニューヨークまでは目が届かないだろう。



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