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カンナダ語映画『KANTARA』

話題のカンナダ語映画『KANTARA』を見てきた。
2022年9月30日に公開されていた映画で、派手にヒットを飛ばしているというよりは、じわじわと支持を伸ばしているイメージ。

公開当初から気になっていた映画だったのだが、観に行くのを渋っていた理由があった。
それがこれ。

あまりにもビジュアルが強烈すぎるのだ。

オフィシャルトレーラーを見ても、全体的に暗い雰囲気が漂っており、何が何だかよく分からない。

ところが最近、公開から1ヶ月以上が経ったことで、日本語でのあらすじやレビューがネット上で散見されるようになった。
そのほとんどがこの映画に対して高評価を付けており、「必見!」と太鼓判を押しているため、満を持して観に行ってきたというわけだ。

鑑賞直後の感想としては、「最後の10分がやばかった」
これに尽きる。
全部で2時間半の映画なのだが、最後の10分のためだけに見る価値があると思う。

以下、ネタバレも含めて、感想をつらつらと書いていく。




時代は1990年、舞台はカルナータカ州の山間部の集落。
森林を巡って、アニミズム的な土地神を信仰する地元の人間たちと、政府から派遣された森林局の役人たちとの対立を描く。
ストーリーとしては単純で、最後にちょっとしたどんでん返しがあるものの、それも想定の範囲内といった程度。

オフィシャルトレーラーは重々しい雰囲気だが、実際の映画は意外と軽妙でコミカルなシーンが多かった。
その一方で随所に、土着信仰に基づいたような狂気的なカットが挟み込まれており、油断していると急に心臓を掴まれたりする。
ありきたりな対立構造を描きながらも、カルナータカ州に実在する伝統芸能をストーリーと上手く融合させたところがこの作品の特徴であると同時に、この作品に高い芸術性を与えている。

作品の雰囲気を日本人にもわかりやすく例えると、横溝正史の世界観である。
小さな集落に古くから続く因習と確執。部外者との対立。私利私欲に塗れた権力者。短絡的だが、正義感の強い若者たち。交錯する思惑と利害関係。閉鎖的な集落特有のおどろおどろしい雰囲気。人智を超えた何か。
それらが迫力のある映像によって巧みに再現されている。

『KANTARA』を制作したのは、Hombale Films 。
あのロッキー(『K.G.F』)を生んだフィルム制作会社だ。
この会社の特徴なのか、カンナダ語映画全体での傾向なのかは分からないが、この映画にも泥臭いスターが登場する。

主役のシヴァは、腕っぷしが強く直情的な性格の青年。
『K.G.F』のロッキーが泥臭い中にもスタイリッシュさを兼ね備えていたのとは裏腹に、シヴァはひたすら泥臭い。
いかにも南インドの田舎町にいるような血気盛んな若者である。

主役のシヴァ

暑苦しい髭面のゴリマッチョ。
上半身は基本的にタンクトップかはだけたシャツ。
下は常にルンギー(腰巻き)。
アクションシーンでは、ルンギーの裾をばっと捲り上げて腰で結ぶのだが、なかなか様になっている。

シヴァと恋人のリーラ

ヒロイン役の女優も、素朴で垢抜けていない感じが好印象である。
と思って、彼女のTwitterを見てみたら普通に美人だった。


シヴァは神職の家系なのか、彼の父親は宗教儀式のパフォーマーだった。
まるで神に憑かれているかのように体を小刻みに振るわせ、大胆なステップを踏み、「ワ〝ァァーーーーォ」と声にならない叫びをあげる。

「ワ〝ァァーーーーォ」

シヴァが幼い頃のことだった。
儀式の最中に、彼の目の前で父親が忽然と姿を消す。
そのことがシヴァにとって大きなトラウマになっており、よく彼は悪夢を見るのだった。

個人的には、この神憑きの儀式で流れる音楽が傑作だと思った。

伝統的なテイストは残しつつ、ロック調のリズムで重低音が響く。
かと言って重苦しいわけではなく、日本の盆踊りを思わせるような軽快な節回し。
伝統を感じつつも、全く古臭くない。
かと言って斬新すぎるわけでもない。
耳に心地よいが、何となく胸がザワザワする感じ。
トラディションとモダンの融合。

この神憑きの儀式は Buta Kola という名前で、実際にケララ州やカルナータカ州の一部で継承されている伝統らしい。




さて、話は一気に飛んで、最後のネタバレについて書く。

物語の最終盤、シヴァは敵勢力との抗争の中で命を落とす。
彼がうつ伏せで倒れているところに、例の神がやって来て、彼の頭に息を吹きかける。
すると彼は見事に蘇生するのだが、息を吹き返したというよりは、神に中身を乗っ取られた感じで、凄みのある表情をする。
そして、超人的な力を発揮し、敵の勢力を抹殺する。

そのまま宗教儀式のシーンへと場面は変わるのだが、その最後の10分が凄まじい。
「いったい何を見せられているんだ⁉︎」と途方に暮れつつも、魂を鷲掴みにされる。
心を動かされるなどという言葉ではあまりにも軽く、訳もわからないままに感情をかき乱される。
理性では何一つ理解できないが、なぜか涙が出てくる。
これは完全に褒め言葉なのだが、薬でもやっていないとあんなシーンは撮れないのではないか。
トランス状態というか、神懸かりというか、人智を超越した世界を垣間見た感じだ。

以前、『K.G.F 2』の感想noteで「この映画は「神話」だ」と書いたが、『KANTARA』こそ紛うことなき神話である。
戦死した主人公シヴァが、神に再び命を吹き込まれて集落を救い、集落の安寧を見届けてこの世から姿を消す。
これを神話と言わずに、何と言おうか。


…と、勢いに任せてかなりの熱量で書き殴ったが、本当に最後の10分が凄かった。
最後の場面を見るためだけに、もう一度この映画を観に行こうとすら思っている。

そして最後に、この映画のことを調べていて分かった衝撃的な事実を紹介する。
鬼気迫る演技を見せた主演の Rishab Shetty だが、何と彼はこの作品の脚本と監督も担当しているとのこと。
圧倒的な才能の塊である。

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