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【小説】遠い日の飛行船 #4-3 デート?

「くろしお食堂」と言うこのお店は、少し小さめの和風ファミレスと言った感じの雰囲気だ。ここは、SHUNさんの行きつけなのだと言う。
マグロの漬け天丼、と言うのが黒汐町の名物らしい。濃厚な甘辛ダレの絡むマグロ天の乗った丼を、私はあっという間に平らげてしまった。空っぽだった胃が満たされ、全身に力が漲っていくようだ。

食後のほうじ茶を飲みながら、改めて状況を再確認する。
何故私は今、知らない町で、初対面の(厳密には違うが)男性と2人でご飯を食べに来ているんだろう……?
あまりにも色々な事があり過ぎている一日。

「連れて来てくれてありがとうございました。とってもおいしかったです」
向かいの席のSHUNさんにお礼を伝える。
「気に入ってもらえてよかったです」
SHUNさんはお昼にコンビニの菓子パンしか食べていなかったとの事で、自分もお付き合いすると言って一緒にマグロ漬け天丼を食べてくれた。
「随分遅くまで、お昼食べてなかったんですね。何かあったんですか」
「高速道路の降り口を間違えて、道に迷ってしまって……」
言いながら、改めて自分の間抜けさを実感する。
「……でも、どうしても飛行船を早く見たくて」
この人にならきっとこの感覚を理解してもらえるような気がして、ぼそぼそとそんな事を言ってみた。
「あ、わかります。僕も飛行船を見るためだったら、ご飯食べるのとか忘れちゃいますよ」
SHUNさんは、いたずらっ子のようにヘヘヘと笑った。共感してもらえた事にほっとしたのもあり、私もつられて微笑んだ。

「あの、差し支えがなければお名前を教えてもらっても良いですか。僕はシュンですけど……」
そう言われ、ここまでの間、一度も名乗っていなかった事に気が付いた。
「あ、申し遅れてしまってすみません。私は、藤森春琉といいます」
「ふじもり、はるさん、ですか。すごくいい名前ですね。それって、ハンドルネームですか?」
「……? はんどるねーむ?」
私の反応に、逆にSHUNさんの表情に疑問符が浮かんでいる。
「SNSとかはやってないんですか?」
「あ……実は私、ネットの事にはとても疎くて。何もやってないんです」
幻滅されるかな、と思ったけれどそんな事はなかった。SHUNさんはむしろ本名をハンドルネームと勘違いした事を慌てて謝った。
「もしよかったら、SNSやってみません?飛行船の情報とかすぐに得られますよ。アカウント作り、僕が一緒にやるので」

SHUNさんの誘いで、私は世間から何万年遅れでSNSにアカウントを作る事にした。これまでにも誘われた事はあったけれど、悉くスルーしてきたのだった。
SHUNさんの言うとおりにスマホを操作する。初対面の男性と顔を近付けて小さな1つの画面を覗くのは、さすがにちょっと緊張した。ひとつひとつ丁寧に指差し説明してくれるSHUNさんの顔を、ついチラッと見てしまう。そういえば、SHUNさんはとても爽やかで整った顔立ちをしているなぁと思った。あまりの急展開に余裕がなく、ここまで全然気にしていなかったけれど。かっこいい人。率直にそう思った。




私でも耳にした事のある有名な短文投稿のSNSに、「はる」という名前のアカウントを作った。そして、飛行船SS号のアカウントと、SHUNさんのアカウントをフォローした。
「これで、開いたらすぐに飛行船の情報が表示されますよ。僕の投稿もですけど」
「あ、ありがとうございます。すごい……」
そこには、本当なら私がここに来るまでに知っておくべきだった、飛行船のスケジュールがずらりと表示されていた。

7/1(金) 耐空検査のため、北海道黒汐町へと移動フライトいたします。
7/2(土) 帯広市周辺を飛行予定です。
7/3(日) 帯広市、黒汐町周辺を飛行予定です。
7/4(月) 黒汐町周辺を飛行予定です。
7/5(火)耐空検査のため、しばらくの間運航休止となります。
7/22(金) 耐空検査は終了いたしました。
7/23(土)メンテナンスのため、飛行休止となります。

「耐空検査って、昨日終わった所だったんですね」
「そうです。僕ははるさんがそれを知ってて今日来たのかなと思ってました」
はるさん、と自然に呼ばれて、思わずドキッとしてしまう。いちいち私は細かい事にドキドキし過ぎだと自分でも思う。
このスケジュールを見て、稲田部長からの連絡が途絶えた理由も理解した。格納庫の中にいたからだったのだと。

「はるさんは、どういうきっかけで飛行船を好きになったんですか?」
そう聞かれ、私は父と一緒に初めて飛行船を見た時の事から、SS号を知るに至った経緯までを話した。
誰かに飛行船の話をしている自分が、普段以上に生き生きとしていると感じる。同じく飛行船を好きな人が話し相手だという事が、より私の気持ちを昂らせていた。

SHUNさんの話も聞いた。3年前に初めて札幌で飛行船を見た事。ネットで様々な情報を調べに調べた事。係留地でクルー(飛行船のスタッフは、クルーと言うらしい)の温かな対応に感動した事。2年前の夏に初めて、黒汐町まで出かけた事。係留地に通ううちにクルーと仲良くなり、色々な話を聞いて、もっと飛行船が好きになった事、などなど……
SHUNさんの飛行船話もなかなか止まる事がない。
私は真剣に聞き続けた。ワクワクして楽しくて、知らない事もたくさん知れて、いつまでもこの話を聞いていたいと思った。

ちなみにSHUNさんは25歳で、札幌在住の専門学校生との事だった。平日は授業を受け、土曜日になると飛行船の撮影に出かけ、日曜日に編集して、完成次第動画を公開するのだとか。時々日曜日にも係留地へ遊びに行く、とも話していた。

「じゃあ、はるさんの方が先輩だ。初めて飛行船を見たのが子供の頃だなんて。羨ましいです」
「でも私、正直、自分がなんでここまで飛行船を好きなのかの理由はよくわからないんですよね」
自分に対してひたすら抱き続けてきた疑問を、SHUNさんになら話してみようと思えた。
「何が良いんだろう……こんな遠くまでお金も時間もかけて見に来るくらい好きなのに、飛行船の何が好きかって聞かれたら、答えられないかも」
「答えられなくて良いって僕は思いますよ」
SHUNさんは笑顔で即答した。
「僕も同じなんです。飛行船を見るとワクワクするけど、理由なんてないんです。そんなもんじゃないですか。心がそう感じちゃうから、しょうがないって思ってますよ」
またいたずらっ子の少年のように、ヘヘヘと笑う。
「本当にそれです、私も。理由なんてないんですよね」

私は、自分の感覚は一般的なものからは少しずれているのかもしれないと考えていた。少なくとも、飛行船が好きだと言う人は身近で聞いた事がない。それも私の場合は、好きの度合いが異常だと自分でも思う。理解されないであろうこの気持ちを、葵さん以外の人にはわざわざ話そうとも思わなかった。
けれど今日SHUNさんと話した事で、もっと胸を張っていいのかな、と思う事が出来た。理由なんてない、が立派な理由なのかもしれない。



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