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新米の頃、クライアントに救われた話。

カウンセラーになって15年くらいになる。
どれだけやっても難しくて、私にとっては容易な仕事ではない。

けど、おかげさまで、なんとか続いている。


最近、ふとしたことで、新人の頃のことを思い出した。
私にとって、とても衝撃的な出来事だった。

* * * * * * * * * *


当時私は、とある大学で授業を持っていた。
週一の授業と年に数回の個人面談を通して、個々人のキャリア発達をサポートする仕事。
まだカウンセラーになりたてで、講師として定期的に登壇するのはほぼ初めて。毎回が試行錯誤で、精一杯の日々だった。
従事していた数年間には本当にいろいろなことがあって、今でもその時の学びが活きているし、多くの失敗は、反面教師の姿として現在、研修の場面で語っている。(人生はネタの宝庫だ)


ひとつ、ほとんど語ってこなかったことがある。
それを今日、書いてみようと思う。


細かいことは守秘義務があるので伏せるとして。

ある学生との面談中のこと。
突然、その学生がそれまで話していた文脈とは「全く」関係のないことを語り出した。
その内容は、数年前の出来事で、あまりにもあまりにも受け止めづらい、辛く悲しく、とても残酷なもので、さらに言えば、その年齢の人には一般的、とは言い難い体験だった。
いつも明るく友達思いで、そんなことは微塵も感じさせないその人は、静かに涙を流しながら、私をまっすぐ見て話し出した。


私は………激しく動揺した。
その学生が体験したことの重大さ。その影響。
それを思ったら………なんと言葉をかければいいか。


そう。
どんな言葉も、無力だった。

とはいえ、カウンセラーである私には、今、向き合っている学生がいる。
なぜ今、その話なのか。何を求められているのか。
数年前の話で、今できる具体的なことは無い。
本人も、それはわかっているように見える。
でも、何かがあるから話してくれたんだろう。
頭の中を独り言が駆け巡った。私は、どうしたらいいんだろう。



その後どんなやりとりになったのか、全く記憶が無い。
とにかく、なんらかの形で面談を終え、講師室に戻った。


あまりにも大きなことで抱えきれなかった私は、学生の話した内容には触れず、私の内面に起こったことと、何を言えばよかったか、何ができたかをスーパーバイザーに相談した。
「突然で、かつ、あまりの内容に動揺して、何もできなかった」と。


すると、スーパーバイザーはこう言ったのだ。

「何もしなくて良かったんじゃ無いですか?」

「そうでしょうか。おそらく、思い切って話してくれたはずなのに、何もできなくて……」

「その方は、渡辺さんに聴いて欲しかったんでしょ。人は、話したい人に、話したいことを、話したい時に話すんです。それで十分です」

「そうでしょうか………」


とてもじゃ無いけれど腑に落ちず、すっきりしないままにその日を終えた。
もちろん、しばらく引きずった。


* * * * * * * * *


一年後。その学生が卒業する時に、メールをくれた。
読んで驚いた。

「あの時、先生が静かに聴いてくれて、なぜだかスッキリしました。
あれがなかったら、廃人になっていたかもしれません」


何もしなくて良かったんだ………

正確にいえば、黙って聴いていたのは、何も言えず、何もできなかったからだけだ。ただの偶然に過ぎない。
この言葉に、私の方が救われた。

そして、「ただ黙って聴く」ことの大切さを、この学生に教えてもらった。
思い出すたび、届かないけれど感謝が溢れてくる。
さすがに今、似たようなことがあっても当時のような動揺は起きないだろうけれど、一方で、そういう人間臭さも失いたくないな、と思う。


その時、その学生はどんな心境でその場に居たのだろう。
外見からは知ることができなかった、でもきっと、ものすごい絶望の淵に立っていたんじゃないだろうか。
「廃人になっていたかもしれません」の後には「(笑)」が入っていたけれど、その言葉選びからすると、相当の状態だったのではないだろうか。


* * * * * * * * * * *


絶望に深く沈み、そこから浮上すると、人は変容を遂げる。
それは、幾つになっても同じだ。
私も、この人生で何度も絶望の淵に立った。
ふとこのことを思い出したのは、何を隠そう、私が最近、ちょっとした絶望の淵にいたからだ。
ふと思い出し、またあらためて自分の仕事に向き合い直した。

絶望を潜り抜けた先には、希望の光が待っている。
けれども、「安心して絶望に飛び込む」には、誰かの助けがいるのだと思う。


私もこれまで、何度も誰かの支えをもらった。
プロもいたけれど、友人、パートナー、家族。
なんのアドバイスもしない、話をさっさと切り上げて気分を変えさせようとしない、ただそばにいて相槌をうってくれた。そんな人たちだ。

何もしないことが、何かをすることになる。
ただそばにいて、聴くだけで、十分に支えになる。
誰の人生にも、そんな曲面があるのだ。

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