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ミニマルファブは破壊的イノベーションとなるか? 半導体研究の現状と日本の現状を考える

 化学ポータルサイトChem-Station主催のオンラインイベント、第44回ケムステVシンポジウム「未来を切り拓く半導体材料科学の最前線」が2月1日17時からオンラインで開催された。居村史人氏(株式会社Hundred Semiconductors)が「ミニマルファブが切り拓く革新材料・デバイス・プロセスによる半導体産業の価値創造」、渡邉智氏(熊本大学大学院先端科学研究部)が「リソグラフィーとコロイド界面科学の融合が生んだ溶液プロセスおよびフレキシブル光デバイス」の演題でそれぞれ講演を行った。居村氏は熊本大学大学院で半導体製造装置を6年間研究した経歴を持つ。また、ファシリテーターは橋新剛氏(熊本大学大学院先端科学研究部)が務め、熊本大学における半導体関連の研究に注目が集まっていることが伺われる顔ぶれとなった。

シンポジウムのバナー画像(公式サイトより引用)。左が居村氏、右が熊大の渡邊氏。https://www.chem-station.com/blog/2024/01/vs44.html


 居村氏は、ハーフインチ(直径1.27cm)の小さなウエハーに集積回路を作りこむ「ミニマルファブ」について講演した。ミニマルファブは5~50億円という比較的安価(TSMCが建設するような「メガファブ」の1000分の1)程度の投資で実現でき、クリーンルームではなくオフィス環境で製造できることが特徴だ。半導体の製造プロセスは数百の工程からなり、様々な装置が必要となる。そうした装置一つ一つを、ウォーターサーバー程度のコンパクトな大きさにまとめ、「箱庭」のような製造環境を実現する。居村氏が代表取締役を務めるHundred Semiconductorsは、ミニマルファブによる多品種少量品の製造販売や、研究開発のための受託試作などを手掛けている。
 渡邉氏は、半導体製造プロセスにおいて既に確立したソグラフィー技術と、専門のコロイド界面科学とを組み合わせて、微小な電子・機械システムを作る「ナノテクノロジー」について講演した。半導体製造プロセスで使用される(フォト)リソグラフィーとは、レントゲン写真を撮るように、マスクという設計図に描かれた微細な構造を光を使って転写する技術だ。希土類(レアアース)を含むセラミックス微粒子を、リソグラフィーによってプラスチック基盤の上に規則的に整列させ、発光させたり、発熱させて対流により水面に浮かべたデバイスを運動させたりする、といった研究を紹介した。

図1:半導体の構造(図はあくまで概要であり、半導体はむしろ絶縁体に近い性質を持つ。図だけで半導体の全てを解説できるのものではないことはご承知置きいただきたい。図1〜3のはいずれも熊本大学「熊本大学・半導体分野教育・研究施設紹介〜最西端の半導体研究の現場で学ぶ〜」のスライドを参考に編集部が作成した。
図2:半導体集積回路の構造
図3:半導体の製造の流れ


 このオンラインイベントで紹介された「ミニマルファブ」の展望を、最近話題の「Rapidus(ラピダス)」との対比で考えてみたい。ラピダスとは、先端半導体の国産化を目指す国策企業だ。そのビジネスモデルは、ウエハーを1枚ずつ処理する「枚葉式」という製造方式で、高性能な多品種少量品を受注後短期間で製造するというものだ。集積回路を設計し、受託生産メーカー(ファウンドリ)に発注した場合、多数の工程を調整する必要があるため、チップが出来上がるまでに6カ月程度かかると言われている。生産ラインがひっ迫していれば1年以上待つことも起こりうる。設計段階で最新のアイデアも、市場に投入されるまでに長期間待たなければならない。そこで、スケールメリットを捨てる代わりに生産の開始から終了までにかかる時間(TAT)を極限まで短縮する。スマホのプロセッサのようなチップを大量生産するのではなく、企業向けの高性能なチップを少量生産するというのが、ラピダスの企図だ。
 このビジネスモデルは、ラピダスの代表取締役である小池淳義氏がかつて、日立と台湾ファウンドリ(UMC)の合弁企業「トレセンティテクノロジーズ」で実践したものだ。トレセンティテクノロジーズは、全工程をウエハー1枚ずつ処理する「完全枚葉式」生産を世界で初めて行うなど技術的イノベーションを達成したが、ビジネスモデルとしては破綻し2005年にルネサステクノロジに吸収合併された。
 ミニマルファブのビジネスモデルは、ラピダスのビジネスモデルと三つの点で共通している。第一に枚葉式であること、第二に少量多品種生産であること、第三に超短納期であることだ。ミニマルファブは3日程度でチップを製造でき、プロセスの研究開発にも適しているという。
 そして、ミニマルファブのビジネスモデルは、ラピダスのビジネスモデルと三つの点で異なっている。第一に、ミニマルファブはファウンドリとしては非常に小規模な投資で実現できるのに対し、ラピダスは1台100億円を下らないと言われるEUV露光機をはじめとする、超高コストの生産環境を構築する。第二に、ミニマルファブで実現できるのは今のところ0.5マイクロメートルプロセス程度なのに対し、ラピダスはまだどの企業も量産を実現していない最先端の2ナノメートルプロセスを目指す。第三に、1チップあたりの製造コストは、ミニマルファブがTSMCのようなメガファブの100分の1~1000分の1であるのに対し、ラピダスは既存のあらゆるファウンドリよりも高くなると予想される。
 それでは、どちらのビジネスモデルがより「破壊的」イノベーションを達成する可能性があるだろうか。クレイトン・クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』(原題はThe Innovator’s Dilemma)で、ハードディスクドライブ業界のイノベーションの歴史から、破壊的イノベーションを次のように特徴づけている(クリステンセン2000)。

・技術的には簡単なものである。通常は、既存の技術を独自のアーキテクチャーにパッケージ化して、新しい市場を開拓する。
・確立された性能向上の軌跡を維持する技術ではなく、異なるバリューネットワークで評価される技術である。
・実績のある大手企業ではなく、新規参入企業が率先して開発し採用する。

 ミニマルファブは、ラピダスとは異なり、破壊的イノベーションをもたらす可能性を秘めているように思われる。一見して、0.5マイクロメートルプロセスというのは90年代に主流だった簡単な技術である。しかし、それをオフィス環境で実現できるようパッケージ化したところに独自性がある。そして、確立された性能向上の指針であるムーアの法則に沿った微細化を推し進める技術(モアムーア)ではなく、チップレットや三次元積層といったモアザンムーアと呼ばれる技術動向に親和的である。最後に、小規模な投資で実現できるという強みは、新規参入企業が率先して開発し採用するのに適している。

既存メガファブとミニマルファブの相違点と強み(出典:産総研2018年11月資料https://regcol.aist.go.jp/file/kenkyukai/gmiot/1653358758930.pdfより引用)


猫も杓子も「半導体」で盛り上がる熊本大学だが、この喧騒の中から世界を変革する破壊的イノベーターが生まれることを期待したい。

・第44回ケムステVシンポジウム実施概要

・熊本大学のクリーンルーム紹介動画


【参考文献】

北澤謙,井上匡史,青島矢一「トレセンティテクノロジーズによる新半導体生産システムの開発 ―300mmウェハ対応新半導体生産システムの開発と実用化―」一橋大学イノベーション研究センター IIRケーススタディCASE#05-13, 2005年
クリステンセン,C.『イノベーションのジレンマ』(伊豆原弓訳)翔泳社,2000年

【用語解説】

・半導体
自由電子によって電気を流す金属のような伝導体と異なり、バンドギャップという電子が存在できない「ハードル」が存在する絶縁体では、バンドギャップを飛び越える高いエネルギーを持った電子でなければ移動できない。電子と陽子の比率を変える「ドーピング」によって、たくさんの電子がバンドギャップを飛び越えるように底上げした絶縁体を「半導体」と呼び、ダイオードやトランジスタといった有用な構造を作ることができる。
・ファブ
半導体製品を作る工場(fabrication facility)の略称。
・集積回路(IC)、チップ
オンオフスイッチの役割を果たすトランジスタを、シリコン(ケイ素)の結晶でできた基盤の上に高密度で作りこみ、それらを微細な電気配線で結ぶことで、強力な計算機能や記憶機能を持たせた製品。四角くパッケージングした形状からチップともいう。
・スケールメリット
一度にたくさん作れば作るほど、一個当たりの製造コストが低くなること。
・マイクロメートル、ナノメートル
1メートルの100万分の1がマイクロメートル、10億分の1がナノメートル。
・プロセスルール(プロセスノード)
チップの性能を決める、トランジスタの密度の度合い。伝統的に、電流のオンオフを行うゲート(門)の長さで製造プロセスの技術レベルを評価していたが、今では形骸化し、前の世代の数字に約0.7を掛けた値で呼び分けている。数字が小さくなればなるほど高性能のチップを作る技術であることを意味する。
・ムーアの法則
インテル創立者の一人ゴードン・ムーアが提唱した、トランジスタのゲート長を「3年で4分の1」に縮小するよう技術開発を行う、という投資指針。寸法を2分の1にすると応答速度が2倍になることから、「3年で4倍」に性能を向上させる、という意味で用いられる。経験的に、技術開発がこの指針から遅れても、逆に早すぎても、半導体メーカーは破綻するとされる。


※ヘッダー画像は産総研の資料(2018年11月)より引用した。https://regcol.aist.go.jp/file/kenkyukai/gmiot/1653358758930.pdf


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(備考)2024年2月3日21時に加筆修正した。

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