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【物語論】題名で五十点減点!?

若林明良さんの以下の記事に触発されて、作品のタイトルについて私見を書きます。
※なお、本記事で扱うのは「紙媒体あるいは電子媒体で書籍として出版されうる散文の文学」に限定します。


「ピカドンと天使と曼殊沙華」を受賞作にしようか一瞬迷ったが、この題はあまりにおそまつで五十点減点した。それほどに題が悪い。

第53回(2019年)選評 宮本輝

私も若林さん同様、五十点減点には驚きました。
私の実体験として、内容に満足したが後でタイトルを振り返って幻滅した、ということありません。市場に出回っている書籍はそれだけタイトルが練られている証拠でしょうか。

宮本輝氏の口ぶりからすると、タイトルそのものが気に入らないのではなく内容との不一致・不調和が問題だったのでしょう。タイトルは最初に目にしているはずで、もしマイナス50点から読み始めて『受賞作にしようか一瞬迷った』のであれば逆に内容がどれだけ良かったんだという話になりますから。

タイトルはセンスが良いに越したことありませんが、そうでなくとも最低限「内容の邪魔をしない」ものである必要はありそうです。


■ 文学的意味と商業的意味

タイトルには上記の二つの意味(役割)があります。
商業的意味とは、若林さんも言及されているコピーとしての良し悪しです。
ちなみに宮本輝氏の五十点減点は文学的減点だったと言えます。理由は前述した通り、明らかに内容を読んだ後で減点しているからです。
逆に言うと、タイトルの商業的良し悪しは内容とは無関係に〈最初に〉決まります。


まず文学的観点から考えると、やはりタイトルは「内容の邪魔をしない」ことが重要だと思います。
タイトルは減点の理由にはなっても加点の理由にはなりづらいものです。内容はイマイチだけどタイトルが良いからプラス五十点、なんてことは起こらないので。
とは言え、内容が面白く、かつタイトルが内容に対して伏線や示唆として働いている場合は加点したくもなります。『そして誰もいなくなった』なんてスゴイですよね。タイトルが結末への興味を強烈に引くのに加えて、オチが明かされた後にもう一度タイトルで唸らされるわけですから。
ただこういったものはレアケースで、あまりタイトルに凝った仕掛けをされると作意が透けて見えるのが鼻につきます。歌詞ですが、例えば BUMP OF CHICKEN の『K』という楽曲。ご存じない方は検索してみてください。これ、タイトルは『K』が良いと思いますか。『黒猫』か、せめて『ホーリーナイト』の方が良いと思うのは私だけでしょうか。


次に商業的観点から考えると、タイトルは未だ重要な意味を持つもののその役割は以前より軽くなっていると思われます。
誰もが書店で本を買っていた時代には、背表紙に書かれるタイトルはまさに作品の〈顔〉でした。それ一つで手に取ってもらえるか否かを左右したと言っても過言ではなかったでしょう。
しかし今は紙媒体にしろ電子媒体にしろ、ネットで本を買う人が増えました。
ネットで買う場合、現実の書店とは違い「何を読もうかな」「どれを買おうかな」とタイトルを見ながら物色することは稀です。この場合、タイトルはすでに作品の顔として機能していません。作品を識別するための記号でしかない。
では何が〈顔〉になったかと言えば、ネット上での口コミでしょう。センスの良いタイトルよりも、Amazonレビューで多くの星が付くことやSNSで話題になることの方がはるかに大きな意味と効果を持ちます。
ですから、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』みたいなダラダラと長いタイトルは世界的文豪になってからつけましょう。リアルでの発話やSNSにおいて省略されうるタイトルは五十点減点です。


■ まとめ

上記の通り、文学的意味においても商業的意味においても私はタイトルにあまり比重を置いて考えていません。
ただし文学賞を狙うなら審査する側の感性に寄せなければならないし、タイトルの文学的意味にこだわる人を否定しないし、小説投稿サイト(noteも同様)を使うならタイトルは重要です。


しかし……わかりますよ、若林さん。とてもよくわかります。

タイトルって、めんどくさいシンプルが一番ですよね!