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2024年映画感想No.5:ビヨンド・ユートピア 脱北 ※ネタバレあり

シネリーブル池袋にて鑑賞。
映画の序盤は脱北者を支援している韓国人牧師さんの取材から「脱北とはこのように行われています」ということの説明するような内容なのだけど、大変なんだろうとぼんやり認識していたことが改めてどれだけ大変かを具体的に実感させられる。北朝鮮と中国の国境の状況や計画段階の連絡先の信用性、実行のタイミング、国境を越えてから待っている困難や一度の失敗で全てを失う怖さなど、北朝鮮からの亡命がいかに綱渡りで難しいかというこの後のサスペンスの丁寧な前フリになっている。
脱北を手助けする段階で牧師さんが淡々と現実的なリスクを説明するのが中々非情なのだけど、一つ一つに感情を揺さぶられてたら心が壊れてしまうくらいの立場なのだと思う。いろんな幸運が重なってようやく成功するような話だし、助けたいという気持ちだけではどうにもならない要素があまりにも多すぎるからこそ希望を示したりリスクを負わせることに対して誠実に伝えることで責任を負っているように映った。

取材を受けている人たちがモザイク無しでカメラに映ることに対して心配な気持ちになるのだけど、本作ではその「目に見えて存在している」ということが起きていることの真実味と繋がっているような映され方になっている印象があった。
亡命を手引きするブローカーは常に電話の向こう側にしか存在せず、姿が見えないことで藁にもすがる思いを利用する詐欺師なのではないかという信用できなさがどの場面にも介在している。
また、序盤から登場する生き別れた息子を脱北させたい女性の計画は当初割ととんとん拍子で進んでいくのだけど、いつまでも彼の存在が確認できない展開が不透明さを増していく状況の不安や絶望をより強めているような印象がある。
一方で中盤以降の本筋になる家族の亡命計画は助けを求めるビデオメッセージがキッカケになっていて、「姿が見える」というところから「生きている人がいる、助けよう」と具体的な切迫感が生まれているように感じた。

中国からタイに向かう一家の逃避行に描かれる「遠くを目指す」という肉体的な辛さと、亡命する息子を待つしかない女性がブローカーの希望が見えない連絡に翻弄されて心をすり減らしていく「遠くで待つしかない」という精神的な辛さを対比させる中盤以降の構成は、彼岸と此岸の両サイドから北朝鮮という国の「遠さ」を浮かび上がらせるような描き方だと感じた。
タイに向かう道中の描写はとにかく終わりが見えないというか、「まだ気を抜けない」という緊張感がひたすら続く大変さをこちらまで追体験させられるような内容になっている。基本的にカメラに映るものの情報量が極端に低く、その映像の見通しの悪さが状況の心理的負荷を映像的にも象徴しているように感じられる。
さらに5人家族におばあさんと子供二人いるのが切実に大変で、身体的な負担の切迫感もただ事じゃない。徹夜で山越えする場面とかこの家族がもはや諦める一歩手前まで追い詰められてしまうくらい過酷な状況に祈るような気持ちで観ていた。

途中に何回かある隠れ家の場面に観ているこちら側も心底ホッとさせられる。家族の母娘がなんの変哲もない森を観て「綺麗だね」という場面など、色彩の無い世界に生きてきた彼女たちが外の世界に触れる瞬間の描写としてグッと来るものがある。チョコレートやポップコーンの差し入れを美味しそうに食べる様子を映すカットはスクリーンのこちら側の現実がいかに恵まれているのかを観ている観客に実感させるような仕掛けにも感じた。
こちらの家族側の団欒が映す人と人との繋がりの温かみがあるからこそ、一方で家の中で一人孤独に息子の吉報を待つ女性の辛さが残酷な対比になっている。ひたすらよるべなく行き場のない悲しみが絶望に飲み込まれていく様子に胸が締め付けられる。


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