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白・黒・モノクローム:1 /五島美術館

 五島美術館では恒例の、館蔵品による「秋の優品展」である。今回のテーマは「白・黒・モノクローム」。このキーワードのもと、思いつくかぎりの東洋美術の作例が集められていた。

 書画でいえば、白描の密教図像や白描絵巻の断簡にはじまり、この館の強みでもある禅僧の墨跡中世の水墨画が多数。
 また近代日本画の水墨(狩野芳崖、横山大観、川合玉堂、松林桂月)、近現代の書(副島種臣、大沢竹胎、宇野雪村)が、壁付ケースには並んでいた。
 工芸の作品は、中央の島にあった。
 行灯ケースに中国・朝鮮半島の白磁と、白黒を効果的に用いた磁州窯の作品を展示。
 覗きケースでは、賦彩のない版本に拓本、古墨、印材、玉(ぎょく)の類を拝見。志野茶碗と長次郎の黒樂が「白黒」で仲良く隣り合ってもいた。別室の日本陶磁の名品展でも、「白黒」に該当するものが数点あった(《黒織部沓形茶碗 銘 わらや》など)。
 書や水墨画などは予想できたが、前衛書や拓本、古墨や印材も、たしかに「白・黒・モノクローム」。なるほど……連想ゲーム的な楽しみも、本展では味わえたのであった。
 いくつかの作品に関し、所見を述べていきたい。

 展示室に入ってすぐ、2つの行灯ケースで迎えてくれたのは、中国・定窯の《白磁蓮弁文水注》(北宋時代・11世紀)。
 定窯の水注は、写真よりも白に近い。清冽であるとともに、胴部の蓮弁の彫りや持ち手、注口などに、やわらかな手づくりの味をとどめる。透明釉にほのかにさす青みに、水を入れて注ぐためという機能も相まって、涼やかである。
 外はまだまだ暑い。本展の最初の1点が本作だったことに、茶の湯の美術館らしい細やかな配慮を感じるのであった。

 隣の行灯ケースに入った李朝の《白磁壺》(朝鮮時代・18世紀)も、涼を感じさせる。ぼこぼこと、芋のような不定形。表面の浸みや傷……これぞ李朝。
 この種の壺を「満月壺」といったりする。昨日は中秋の名月だったが、もしほんものの満月のようにまんまるだったら、壺としてはつまらないと思う。こうしてぼこぼこで、満月とはじつは似ても似つかないから、いいのだ。
 なお、このぼこぼこは、大きな鉢を2つ轆轤で挽き、片方を逆さにして継ぎ合わせている製作手法に拠るところが大きい。

 白だけ、黒だけではなく、白黒がひとつのやきものに同居している例もあった。
 会場奥の行灯ケースにあった磁州窯の《白釉黒花牡丹文梅瓶》(宋時代・12世紀  重美)は、白ベースに黒を塗ったあと、黒の層を掻いて文様を表す。筆で描いた線とは異なる、刻みつけ、削りとることでできた線のたどたどしさがおもしろい。
 白黒が好ましい対比をみせる、本展のテーマにはぴったりの逸品。

 《尹大納言絵巻断簡》(鎌倉時代・14世紀  重美)は、細い筆のみを用いて描いた繊細優美な白描絵巻の佳品。中世の作とあって、紙が傷んでもいる。こういうときこそ、単眼鏡の出番である。
 ファインダーを覗いて、髪の毛ほどの、か細い線を拾っていく。すると「あれ?」と思うことが。人物の唇に、紅が差されていたのである。肉眼では、気づけなかった……(解説には書いてあった)。
 正確にはモノクロームではないし、いったん気づいてしまえば赤ばかりがちらついてしまうけれど、それゆえに白と黒が引き立つともいえよう。モノクロからカラーに世界が一変する、オズの魔法使いの映画を思い出した。

 五島美術館お得意の禅林墨跡は、ひとつの分野としては、本展では最も多くの点数を占めていた。
 墨跡には、由来・由緒にまつわるエピソードがつきもの。天神信仰の篤い加賀の前田家は宗峰妙超《墨跡 「梅溪」号》(鎌倉時代・14世紀  重文)を所望し、「鉄道王」五島慶太は清巌宗渭《墨跡「萬里一條鐵」一行書》(江戸時代・17世紀)を好んで掛けたという。
 自分の家や土地、職業にちなんだ作品との出合いをご縁と感じ、欲しくなってしまうのは自然だろう。それが禅の高僧による、剛毅で身の引き締まるような書であるのなら、なおさら……

 字としては、例の「笹の葉」形をした中峰明本《墨跡 「勧縁疏」》(元時代・14世紀)に魅せられた。
 ほんとうに、くせのある字。禅僧の墨跡は、くせ字であったり、何物をも寄せ付けないほど謹直・潔癖であったりするものだが、中峰の笹の葉のぺたっとした字は前者の代表であろう。
 いちばん、会ってみたい禅僧である(相当な、くせ者だろうけども)。

 一山一寧《墨跡 「園林消暑」偈》(鎌倉時代・14世紀)には、とくに引き込まれた。風のような書だなと思った。
 こちらも単眼鏡で覗いてみると、筆の跡やかすれがよく見え、より惹かれた。
 同時に、風というよりは、風に紛れて消えていく、お香の煙みたいだなとも思われたのであった。

 ——次回は、別室の日本陶磁の展示についてお送りしたい。(つづく


美術館の生垣に潜んでいた「白・黒・モノクローム」さん



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