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トーハクの応挙館、カフェになる ~「TOHAKU茶館」訪問記 /東京国立博物館

 東京国立博物館の本館北側に、日本庭園がある。
 長らく春秋に限った公開であったものの、2021年の園路の改修を経て、通年での公開が実現された……ということを、いま調べて知った。

 しかし、園内に移築されている古建築の公開までは、なかなかそうもいかない。
 こちらは従来と同様、貸し切りでおこなわれる茶会・句会や、時折開かれる東博主催のイベントに参加するくらいしか、内部を拝見するチャンスはなかった(自分で借りるという手も、なくはない)。
 園内の古建築のなかでも、かねてより興味をそそられていたのが「応挙館」。
 円山応挙が障壁画を描いた「応挙づくし」の書院で、もとは寛保2年(1742)、愛知の寺・明眼院に建てられたもの。応挙の絵は保存のため収蔵庫に入っているが、代わりにDNP製作の複製画がはめこまれ、往時の雰囲気をとどめている。
 この応挙館が、7月から期間限定でカフェになったらしい……そんな話がSNSでしばしば流れてきて、気になっていた。
 混雑が避けられるよう、平日のラストオーダー間際を狙いすまして、行ってみた。

応挙館

  「TOHAKU茶館」と称するこの企画の看板は、敷地内のいたるところで見られた。
 応挙館は「通りがかり」がまずない奥まった位置にあるから、こういったアピールは必須と思われるが、特筆すべきは、看板が英語で表記されていたこと。日本語は併記されていない。
 つまり、この企画はインバウンドを見込んだもの。アフターコロナのインバウンド需要回復の起爆剤として、観光庁の「観光再始動事業」にも採択されているらしい。
 ホームページもインバウンド向け仕様で、じっさい、利用客の多くは海外からのお客さま。入り口で並んだ際、わたしの前後はともにそうであったし、オーダーを聞かれる際にも、英語で話しかけられた。
 日本人としては、入るのに躊躇してしまうところがあるのはたしかだが、「インバウンド限定」「日本人お断り」というわけではないので、ご安心を。

 それにしても、靴を脱いで、本格的な日本家屋の中に入る、畳に上がるといったことを、海の向こうからはるばるやってきたお客さまに体験していただくのは、とてもよいことだ。日本古美術の殿堂たる東博の面目躍如ともいえよう。それに加えて、喫茶までできるのである。すばらしい発想。
 内部ではお抹茶に和菓子、コーヒーといったカフェメニュー・軽食類のみならず、ちゃんとしたお食事もできるようだった。
 価格設定はいわゆる「観光地価格」で、そういった意味でもインバウンドを思わせたが、場代と思えば安いものだろう。
 わたしはコーヒーを頼んだ。ほうじ茶サブレがついてきて、800円。応挙館を自由に見学できるというだけで、充分に元はとれたといえるだろう(キャッシュレス対応)。
 他にも、着物などの日本文化を体験できるコーナーもあった。

うつわは……もう少しこだわってほしいかなぁ


 運良く、床の間を正面から見わたせる、特等席に陣取ることができた。
 四方の壁や襖を使って、水墨の松竹梅が配されている。大きな床の間には、やっぱり松。上部を視界から遮り、大胆にカットしてみせることで、かえってその大きさを偲ばせる。同様の効果は、壁貼付の松枝にも。松の幹や枝は、見えないところまでずっと続いているのだ。

閉店間際に撮影。この席はやはり人気らしく、直前までお客さんがいた
近づくと、松の木にいだかれる心地がする
こんな角度からは、なかなか撮れない。松が立体に
違棚には竹。小襖は門弟・山本守礼の山水図
梅は、襖が閉じられていることもあって一部のみ拝見。次の間には、芦雁など水辺の風景が
左手前が、床の間のある部屋。縁側にも席が設けられている

 応挙館は、エピソードにも事欠かない。
 もと建てられた愛知県海部郡大治町の明眼院は、その名のとおり、眼病平癒にご利益があることで知られる。じっさいに眼医者として医療行為もおこなっていたというユニークな寺で、「日本初の眼科」ともいわれている。
 応挙もまた、長年酷使した目を休めるため明眼院に逗留、天明4年(1784)にこれらの障壁画を描いた。治療のお礼ということになるだろうか。応挙が没する前年のことであった。

 近代に入り、応挙館は東京・品川御殿山の益田鈍翁の邸宅・碧雲台へと移築される。近代数寄者として指折りの存在である鈍翁は、他の多くの数寄者と同じく、茶道具や美術品のみならず古建築をも蒐めた。
 大正8年(1919)12月、鈍翁邸の応挙館は、歴史的な大事件の舞台となった。
 分割された絵巻《佐竹本三十六歌仙絵》(鎌倉時代・13世紀)のくじ引きが、ここでおこなわれたのである。2巻分の絵巻は37点に分かれ、散り散りになっていった。
 現在、応挙館脇の平成館では「やまと絵」展が開催中。佐竹本からは、小野小町(個人蔵  重文)を含む7幅が出品されている。
 104年前、まさにこの場所で起こった出来事に思いを馳せながら喫茶すると、より感慨深いものがあった。「やまと絵」展鑑賞後のご利用を、ぜひおすすめしたい。
  「TOHAKU茶館」は、来年1月28日まで開催。


 ※東博の庭園には、ほかにもこんな建物がある。貸し出し料金は末尾に記載。


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