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最後の浮世絵師 月岡芳年展:2 /八王子市夢美術館

承前

 作品の解説文では、芳年の描写を映像になぞらえる指摘がしばしばなされていて、うんうんとうなづくことが多かった。
 芳年の場面選択の仕方や切り取り方は、たしかに映像的だ。たとえるならば、絶妙に “いいところ” を切り出すことに成功した映画のスチールだろうか。主要キャストを並びたてたポスターや映画看板とは、性格がちょっと異なる。芳年の場合は、あくまでスチールのほうだ。
 スチールには、一枚絵としての完結性とともに、ストーリーに想像を膨らませたくなるような要素を残し、観る人を誘導する役割も必要となってくる。
 どのシーンで「一時停止」のボタンを押すか。静止した場面から、その前後を意識してもらうようにするには、どうすればよいか――そういったあたりがよくよく練られた画面づくりこそ、絵師・芳年の身上ではなかろうか。

 《芳年武者无類(ぶるい) 遠藤武者盛遠》では、抜き身の刀を手にした男が、暗闇から座敷の奥をのぞきこんでいる。音ひとつない静かなシーンだが、これから起こる惨劇を予感させ、胸騒ぎが止まらない。明所と暗所の視覚的な対比も効果的。 

 右上の題箋には「遠藤武者盛遠」とある。
 遠藤盛遠は、のちの高僧・文覚(もんがく)上人が出家する以前、侍であった頃の名。ある人妻を見初めた盛遠は、その夫を殺害して女を奪おうと画策し屋敷に押し入るも、誤って女を殺めてしまう。これを悔いて出家し、以後は善行を積んだといわれている。
 当時の庶民は絵をみて「ああ、あのシーンだ!」と即座に理解できたことだろう。結末や成り行きを知っていることが、絵の力を増幅させている一例だ。

 このように、歴史や物語、芝居のなかの伝説的人物・逸話に取材した作が芳年には多々あり、本展でも多くのスペースが割かれていた。
 源平合戦のヒーローから歌舞伎の悲劇のヒロイン、中国の『水滸伝』に登場する豪傑、日本の落語の一場面まで。いずれも、当時の浮世絵版画の受容層にとっておなじみで、人気のあった図像が選ばれている。
 そのなかには、現代のわたしたちにも親しみがあるもの、他の絵画を通じて画題として見知っているものも含まれているけれど、見覚えがないものも少なくなかった。
 歌舞伎、浄瑠璃、講談、落語、能や狂言といった古典芸能に関しては、興味がないわけではないものの、入り口でずっと足踏みをしているような状態。けっして詳しくはない。
 そこで今回は、キャプションや画中の題箋をあえて見ず、まず最初に「これはどんなシーンだろう?」と観察してから答え合わせをするという手順を、普段よりもさらに徹底してみることにした。
 人気のテーマを覚えておけば、後々になって、きっと役立つときが来るだろうなと思ったのだ。

 本展の公式図録は、図版と同じページに解説文を載せたレイアウトになっている。
 画題への理解を深めるためのよい手引きになってくれそうで、最近控え気味だった図録の購入を一時解禁した。
 360度にひらける特殊な装丁も手伝って、とても読みやすく、気に入っている。(つづく




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