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人事コンサルの切断とこころ(河合隼雄『こころの処方箋』を読む)

人の心などわかるはずがない

ユング心理学を日本に持ち込んだ心理学者、河合隼雄との出会いは、小学生のころ母の本棚にあった『こころの処方箋』でした。

一章のタイトルは「人の心などわかるはずがない」。ここでまずズガンとやられます。

一般の人は人の心がすぐわかると思っておられるが、人の心がいかにわからないかということを、確信を持って知っているところが、専門家の特徴である

読んだことのない方は、ぜひ目次だけでも見てください。「100%正しい忠告はまず役に立たない」「己を殺して他人を殺す」「マジメも休み休み言え」心理についての格言が並んでいて、とても面白いのです。

そう、彼の本はわかりやすく面白い。小学生の私が当時どこまで理解できていたのかわかりませんが、子どもなりに「そうなのかー」と楽しんで読みました。いま読み返すと、恐ろしく深く本質的なことが書いてあるのですが。

次の出会いは中学生のころ。大好きだった作家の筒井康隆が書評『本の森の狩人』で河合隼雄をこう評していました。

心理療法の治療なんて、人間わざでできるものではないな。そう思わせる本が河合隼雄「心理療法序説」(岩波書店)である。かといって人間相手だから人間による治療でなければならないという二律背反。この本はその二律背反ばかりである。
正か誤かとすぐどちらかに見極めたがる人間が多い中でこうした立場に身を置くというのは大変なことだ。

心理療法とはすごい仕事があるものだ。到底自分にはできないだろうなあ。そしてそれから10数年、河合隼雄のことは忘れていました。

切断する仕事と乾く心

32歳のとき、IT企業の人事マネジャーからリクルートマネジメントソリューションズの人事コンサルタントに転身しました。

人事としての知識は持っているつもりでしたが、先輩コンサルタントたちと話しているうちに自分が本当に狭い一つのパターンしか知らないことに気付かされ、大海に放り出された蛙の気持ちになったものです。

自信のない中で売上目標を達成しなければならないプレッシャー、さらに何よりも自分のクライアント(顧客)をはじめて持ち、第三者としてクライアントに関わり価値を発揮することの難しさに直面していました。

「個と組織を生かしたい!」と夢を持って始めた人事コンサルティングとは「切断する」仕事でした。人間や組織という有機的で本当は分けようのないものをフレームで切り分ける。それは実はとても残酷なことでした。例えば等級とは頑張っている人たちを切り分け序列(ランキング)する無慈悲なものです。

何とも言えない心が乾く感じがあり、仕事が前に進めば進むほど苦しさは募っていきました。

自分は何をすることが、クライアントにとっての価値なのか?本当にこれで良いのか?

河合隼雄との再会

そんなとき、職場である大阪リクルートオフィスU7から東梅田駅前への帰り道にある梅田駅前ビルの本屋で、河合隼雄の心理療法コレクションの1巻『ユング心理学入門』に出会いました。

河合隼雄か・・・。そういえば、彼も心理療法家としてクライアントに向き合い続けてきた人だ。

いま、自分に必要なのはこの世界観なのではないか。吸い寄せられるように本を手に取りました。

その内容は乾いた心に染み込むようでした。

それから3ヶ月毎に心理療法コレクション全6巻が刊行され、楽しみにして本屋に通う日々が続きました。5巻の『ユング心理学と仏教』は読み込みすぎて文庫の真ん中から本が割れてしまったほどです。

西洋では、最初になすべきことは、他と分離した自我を確立することです。このような自我が所を得た後に、他との関係をはかろうとします。これに対して、日本人はまず一体感を確立し、その一体感を基にしながら、他との分離や区別をはかります

自分の「乾き」の原因がわかったように思いました。

コンサルタントのフレームワークは、まず切断するところからはじまる。一体感のない中で突然分離することは、日本人である自分には、そしてクライアントである日本企業の人事の方々には苦しいのだ・・・。

そうした日本人の意識は「本人が自覚しているかいないかに関わらず、仏教に大きく影響されている」と河合隼雄は言います。ここから私の仏教や禅への関心が芽生えました。思えばうちの実家は浄土宗のはずなのに葬式以外で仏教に触れたことはないなあ。

そして『心理学的経営』へ

河合隼雄のいうとおり、バラバラだった物事は星座(コンステレーション)として繋がっていきます。

自社リクルートマネジメントソリューションズの創業者である大沢武志が、ユング心理学のタイプ論をベースに適性検査SPIを開発したこと、その内容について機関紙Messageで河合隼雄と対談していること、そして『心理学的経営―個をあるがままに生かす』を書いていること。その奇跡のような書に出逢うまで、ここからさらに3年の歳月を要することになります。


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