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ストレンジャー・ヴィジット・パルプスリンガーズ(前編)

 超巨大創作売買施設『Note』。その一角、狭い路地裏を抜けた場所にひっそりと存在するバーの前に、いかにも怪しげな男が立っていた。真夏だというのにベージュのトレンチコートの襟を立て、ハンチング帽を目深にかぶっている。

「ここだな」トレンチコートの男・・・モノカ・キヨシは『メキシコ』と書かれた看板を確認し、古びたスイングドアを静かに押す。余所者らしく控えめなエントリーを決めたキヨシに、むせ返るような熱気と湿気が襲い掛かった。酒と火薬の臭いが「臆病者は引き返せ」と警告する。だかキヨシは臆さない。二歩、三歩と踏み込み、喧騒渦巻く店内を見渡した。まだ宵の口だというのに、多くの席が埋まっている。テーブルの上にはカラになったCORONAの瓶が並び、無造作に銃を置いている者も少なくなかった。キヨシは自然な動作で手近のテーブルに触れてみる。弾痕・・・ひとつやふたつではなかった。防弾仕様だ。よく見れば足元には薬莢が散乱している。

 客たちは、キヨシのことなど眼中にない様子でCORONAを煽り、各々の行為に耽っている。(よし・・・警戒されていない。まずは・・・観察だ) キヨシはゆっくりとテーブルにつき、さりげなく目を走らせた。

 マスクを被ったマッチョ男とスーツ姿の青年が、怪獣とプロレスの話で盛り上がっている。隣のテーブルでは丸眼鏡の白衣男が怪しげな書物を広げ、何かブツブツと呟いていた。少し離れたところには、機械仕掛けの浮遊体と何やら話し込んでいる男が見える。カウンター席では執事風の男が上品にチャを啜り、その隣で色鮮やかなジャケットを羽織った男が何かの動画に夢中になっていた。

 ・・・男ばかりと思っていたが、女もいた。ロングヘアの女が、軍服男に向かって「マグロが」と何やら熱弁をふるっている。奥のテーブルでは、タンクトップ姿の女が小説を読みながら銃をクルクルと器用に回していた。(あれは・・・猫?) 猫だ。ブラック・マリモのような髪型の男・・・そのマリモから毛足の長い猫が顔を出し、タンクトップ女の曲芸回しに気を引かれている。

(ここはワールド・異人ショーの控え室か?) 入店前、己の恰好が浮くのでは・・・などと気に掛けていた自分が馬鹿らしくなった。想像を超える胡乱窟。だが、ここで怯むわけにはいかない。 キヨシはハンチング帽の鍔をつまみながら、悟られないように深呼吸した。

「見かけない顔だな」キヨシのテーブルにCORONAが置かれた。「エッ?」キヨシは動揺を隠し切れなかった。異様な光景に心を奪われていたとはいえ、まったく察知できなかったのだ。「俺のおごりだ。・・・ま、驚くわな。初めて来たやつは皆そうさ。どいつもこいつもひとクセあるだろ?」黒づくめの男は肩をすくめて笑う。ホルスターには当然のように銃がささっており、後ろ腰には大型ナイフらしき得物の柄が見えた。「俺はR・V」男は言った。「キ、キヨシです。店の人ですか?」R・Vは短く否定した。

「・・・パルプ小説、ですか」「そう」残っていた黄金色の液体を一気に飲み干し、R・Vが頷く。「ほれ、テーブルに本を積んでるやつがいるだろ?」「ええ」「あれがそうだ。外のノベル・ストリートに顔をだすこともあるけどな。ここはもっとディープな交流と売り買いの場、ってところだ。俺もそのひとり」「へえ・・・」キヨシは素知らぬ顔でCORONAに手を伸ばす。

(フフフ・・・ここまで物騒な場所とは思っていなかったけれど・・・長旅の甲斐はあったぞ!) キヨシの直感は、起死回生のビッグ・ビジネスに化ける可能性を告げていた。Noteのメインストリームから外れたパルプ小説書き・・・通称『パルプスリンガー』たちを見渡しながら、キヨシはほくそ笑んだ。

◆=◆=◆

 モノカ・キヨシは、24歳で人の道を外れた。

 マケグミともカチグミとも言えぬ平凡な家庭で生まれ育ったキヨシは、血の滲むような努力によってセンタ試験を奇跡的に突破し、エリート街道の切符を勝ち取った。両親は大いに喜び、学費のために掛け持ちの仕事を増やした。ご近所の住民やクラスメートは驚き、祝いの言葉を述べ、陰で嫉妬した。

 夢にまで見ていた大学生活は、これといって大きなライフ・イベントも無く終わりを迎えた。その後は驚くほどトントン拍子でメガコーポへの就職が決まり、両親は涙を流して喜んだ。ワンルームマンションを借り、期待と不安が入り混じるひとり暮らし。立派なカチグミ・サラリマンとして、これまで一所懸命に自分を育ててくれた両親に恩返しをしよう。そう思っていた。そう思っていたはずだった。・・・だが、その覚悟は長く続かなかった。

 キヨシは、小説家になるという夢を捨てきれていなかった。「こりゃ将来はブンゴーかな?」まだ幼かったころ、読書感想文にハナマルをつけた教師がキヨシに言った。翌年には、クラスメートの代筆をいくつか引き受けた。皆に感謝され、褒められた。ハイスクール時代には、勉学の合間にちょっとした物語を書いてみたこともあった。恥ずかしくて誰にも見せることはなかったが、出来栄えには根拠のない自信があった。そんなちっぽけな思い出が、今もキヨシの心に囁きかけてくるのだ。「サラリマンで満足なのか?」「小説家になりたくないのか?」と。キヨシは机の引き出しからレトロな万年筆を取り出し、まじまじと見つめた。「キヨシは小さいころからこういうのに興味があったな」センタ試験の合格祝いに、父がプレゼントしてくれたものだった。

 メガコーポ務めと物書きの両立は不可能に近かったが、それでもキヨシは小説を書くことにした。朝早く出社して無機質な倉庫にこもり、何人かの同僚と夜遅くまで荷物整理に励む。昼休みは15分。食事は夜に一回。ドンブリ・ポンか屋台のソバで済ませ、帰宅してタタミに寝転がるまでの僅かな時間を創作に充てた。書けば書くほどのめり込んでいった。言わずもがな時間は足りず、睡眠はガリガリと音を立てて削られてゆく。「あと30分」「あと1時間」バリキドリンクの空き瓶に囲まれながら、キヨシはひたすらに書いた。

 睡眠不足、栄養失調、バリキ中毒、過酷な労働の四重苦が一年近く続けば、心と体が限界を迎えるのも必然であった。痩せこけたキヨシは立ったまま居眠りするようになり、意味不明な独り言を呟くことが増えた。痛めた足腰のせいで満足に荷物が運べなくなった。キヨシが社内で唯一ソンケイしていたオヤッサンも態度を一変させ、「使い物にならない」と上司に掛け合いキヨシを異動させた。翌日から与えられた仕事は、うず高く積まれた書類に一枚一枚目を通し、ダンボールに仕分けするというものだった。キヨシは暗い地下室で黙々とその役割をこなした。書類でいっぱいになったダンボールを回収に来る者はいなかった。

 仕事のやり甲斐などというものは、入社1ヶ月と経たずに感じられなくなっていた。小説を書く行為だけがキヨシの心を満たした。それでもキヨシは食い扶持をつなぐために働き続けた。家の心配もあった。1年足らずでメガコーポを辞め、すごすごと実家に戻ったらどうなるか? 落伍者扱いされ、ご近所からムラハチされるかもしれない。幼馴染たちはメガコーポの下請け会社で立派に働いていると聞いていた。モノカ家が惨めな思いをしないためにも・・・この作品で賞を獲り、小説家としてデビューし、胸を張って退職するしか道は残されていないのだ。キヨシは自分も気づかぬうちに盲目的な考えに囚われていた。両親だけが鳴らす黒電話のケーブルは2か月前に抜かれ、タタミの上で寂しそうにとぐろを巻いていた。

 キヨシは雑念を振り払い、手のシビレや腰の痛みと戦いながら、一心不乱にペンを走らせた。そして・・・遂に小説を書き上げた。狙っていたコンテストの締め切り前日のことであった。原稿用紙を頭からチェックする。もう一度チェックする。「よし・・・!」久しぶりに発した声は掠れて弱々しかったが、自信に満ちていた。(過去の受賞作品と比べても見劣りしないレヴェル・・・いや、それ以上だ) キヨシは確信めいて顔をほころばせ、目の前の大作を我が子のように優しく撫でた。

 2ヵ月後。ワンルームマンションのタタミの上に、破られ、しわくちゃになった原稿用紙が散乱していた。キヨシは入社2年目の春に会社から姿を消した。この世からも。

 そう。キヨシは自ら命を絶ったのだ。だがキヨシは死ななかった。生死の境界線でニンジャソウルに憑依され・・・ニンジャになったのだ。

後編に続く

本作は、遊行剣禅=サンの小説『パルプスリンガーズ』と、ダイハードテイルズの小説『ニンジャスレイヤー』の世界観をクロスさせた二次創作小説です。



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