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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #25(第7話:2/4)

さあ、おっぱじめようか。
-ジュディ-

<前回のジュディ>
ジュディは一人、決戦の地に向かった。
前回(#24(第7話:1/4)
目次

……………
■#25

「間に合え…… 間に合ってくれ……」
祈るゴードンは前のめりでハンドルを握り、落ち着きのない表情で何度も車載モニタに目を向ける。ジュディの車に仕掛けておいた発信機のマーカーは、5分前にウェストバージニア州の南方、アパラチア山脈の一点を示したまま動きを止めていた。ナビが示す到着予定時刻まで、あと15分。
そこに遺跡が? そこから徒歩か? 敵の襲撃を受けた可能性は? もう戦いは始まっている? 急げ、急げ――

招待状に記された日付が ”実際は1月7日より前” であることを、ゴードンは予想していた。
1月1日の会合後、彼はソフィア、エリザベス、イタルを密かに集めて自分の考えを伝えた。ジュディは一人で向かうだろう、スマートフォンは追跡不可能な状態にするだろう、それに対抗して自分はジュディの車に追跡装置を仕掛け、前倒しで準備を整え、意地でも追いかけるつもりだ、彼女の意思に反してでも―― と。三人はゴードンの考えに同意し、ジュディの動きに備えた。ジュディの車がジオフェンスを越えたことを知らせるアラームが鳴ったのは、1月5日の夜だった。
ジュディに悟られまいと、それぞれの仕事を平常運転させていたゴードンとソフィアの支度に1時間。いつでも出発できるよう待機していたエリザベスとイタルに時間は要らなかった。FBIのバッジを武器にスピードを上げ、距離を縮めることにも成功した。追跡は順調。しかしジュディの信号が停止した今は、焦る気持ちが抑えきれない。

「ゴードン前を見て。落ち着いて。動きがあったら言うから。運転に集中して」
助手席のソフィアが見かねて誡める。
四人を乗せ、狭い山道を爆走するフォード・エクスペディション。FBIの車両使用を控えなければならない場面でいつもソフィアに頼りきりだったゴードンが、「この日のため、今後のため」と現金一括で購入したばかりのフルサイズSUV。
「この先、どこか右に入れる場所があるはずです。地図上には見当たらないけど……」
後部座席のエリザベスが身体を左右に揺られながらスマートフォンを凝視し、せわしなく指先を動かして地図をチェックしている。
「道なき道か……。ソフィア、イタル、見逃さないように頼む」
真面目顔で頷くイタルとバックミラー越しに目が合った。
コイツ、ガキ丸出しだったくせに少し見ない間にすっかり精悍な顔つきになりやがって……。まったく。まとめ役の俺が冷静でなくてどうする。
ゴードンは「よし」と呟いて深呼吸し、ハンドルを握りなおした。

◇◇◇

松明の灯りを頼りに狭苦しい1本道を進んでいたジュディは歩調を緩め、アックスホルスターの留め金に手を伸ばした。
左へと大きく湾曲した通り道。その奥から漏れる朧げな光。ゆっくりとフロストブリンガーを抜き、右側壁に沿うように曲がり切った所で視界が一気に開けた。
ドーム状に広がる空間。四方で焚かれた大きな篝火が全体をくまなく照らしている。ホッケーリンクほどもある足場は湿り気を帯びてゴツゴツとしているが、中央だけはまるで何かの儀式を行なう舞台のように…… 真円状に石畳が敷き詰められている。周囲とほとんど段差の無い、直径20ヤードほどの舞台。

「かつてこの一帯がグレートブリテン王国の植民地だった頃――」
舞台に立つフォルカーが、天井から垂れる無数の鍾乳石を見回しながら独り言のように喋りはじめた。

「偶然、入植者たちが発見した。この遺跡と、ここに安置されていた賢者の石を。18世紀初頭の話だ」
舞台の中心に据えられた小さな台座に真紅の両眼を向け、ゆっくりと長い指を這わせる。

「似合わないね。クソ野郎と賢者。豚に真珠」
仇敵までの距離は30ヤード。ジュディは歩みを止めず、松明を放り捨てる。コン、カララ、と乾いた音。

「……そうだろうか? 賢い、という意味では私のような存在にこそ相応しいと思うがね。愚鈍な人間よりも。もちろん君等ハンターよりも…… ああ、君等に合わせて便宜上ハンターと呼ぶが、私は嫌いでね。狩るのは私の方なのだから」

「ペチャクチャよく喋る。その口引き裂いてやろうか」
一歩、一歩。石灰岩を踏みしめながら、フロストブリンガーを握る右手に力を込める。

「せっかちなジュディ。君は興味が無いのか? ……この石。君の母親はこのために命を落としたと言ってもいい」
フォルカーはフロックコートの外ポケットから ”石” を取り出すと顔の高さまであげ、皮肉な笑みを浮かべながら凝視した。

ジュディの足が、20ヤードの距離を残して止まる。

「この石は ”ただの人間” にしてみれば ”ただの石” だった。二束三文の遺物。入植者たちが求めていたのは土地と資源。……しかし。その価値に気づいた一人のイングランド人がいた。…… 正しく言えば ”その肉体を奪っていた悪魔” だがね」
フォルカーは石をポケットに戻し、台座の前をゆっくりと往復しながら続けた。
「そいつは考えたのさ。次々とやってくる入植者を自らの配下とし、この地を我が物にしようと。悪魔らしい浅はかな思考だ。神隠しや節操の無い殺戮の噂は瞬く間に周辺の土地へと広まった。鼻の効くハンターはそれを見逃さない。北はペンシルバニア、南はテネシー、ジョージア…… それに土着のインディアン。数名のハンターがアパラチアの異変を察知し、人知れず山に向かった。熾烈な戦いの始まりさ」
フォルカーは言葉を切って立ち止まり、ジュディと視線を合わせる。
「ハンターは…… 雑兵が束になろうと倒せる相手ではなかった。当たりもしない弾丸を補充するかのように人間は次々と配下にされた。大半はイングランド人だったが、それだけではなかった。スコットランド、アイルランド…… そしてドイツ…… ドイツ開拓民。私も弾丸の一発だったのさ。身分の卑しい家に生まれ異形と罵られていた私は捨てられるように新天地へと送り出された。悲観しなかったよ。いずれ見返してやる、とね。そんな私は運悪くその悪魔に目を付けられ…… いや運が良かったと言おう。私は力に目覚めた。実際、狂喜したよ。素直に受け入れた。それに悪魔の社会は都合が良かった。人の肉体を奪掠した悪魔なのか、石によって悪魔にされた存在なのか、そんなことはどうでもいい実力主義。他者とは比べ物にならない力を得た私はハンターを三人殺して頭角を現し、石の主の側近となった。殺して、奪うために……」

「あっそ。そりゃご苦労なこって」
ジュディは視線を逸らさずに煙草を取り出し、眉間に皺を寄せながら一服する。

「だがここで大きな問題が起きた。……寸前で横取りされたのだよ。忌々しいハンターに。主君を失った軍勢は瓦解し…… 同時に賢者の石が ”悪魔のための物だけではない” という事実が判明する。そこからは地獄。ザコのちっぽけな画策など気にも留めていなかった上層の悪魔たちも動いた。ハンターはそれに対抗するように ”人間の女をハンターへと変え”、血みどろの殺し合い、奪い合いへと発展した。その後…… フレンチ・インディアン戦争や独立戦争、南北戦争といった混乱の中で石の所在がわからなくなるまで。私は紛争の陰で一人探し求めた。上層と肩を並べる不動の地位を築いてからも…… 僅かな手勢を使って慎重に…… 誰にも悟られぬようにね。だが見つけることは出来なかった。悪魔とハンターは互いの勢力拡大を恐れ、記録を残さなかったのさ。いや、あったとしても見境なく消されていった。この遺跡もそうされた。いっそのこと、と石の破壊を試みた者もいると聞く。……そこから2世紀だ。2世紀かかっ――」
「歴史のお勉強はもういいよ。ハンターにとっての価値は理解した。お前が無能だってこともね」
口を挟んだジュディは煙草を投げ捨て、腰を落とした。
篝火を受けて輝く氷刃から強烈な冷気が生じる。

「君の母親と私は何故、この場所で遭遇したと思う? 偶然か?」
「ああ?」
唐突な質問にジュディの片眉がピクリと上がる。

「エリザベスは生き延びたようだね。激情に駆られた君との戦いを楽しみにしていたのだが…… 寧ろ…… 以前よりも冷静に見える。揺るぎない覚悟……。ではこれならどうだろう? 1940年、私は…… あるハンターが石を探し回っていることを知った。迷惑至極な話しだ。大きく動いて私の狙いが上層に知られたら面倒だ。とは言え先を越されたら最悪。密かに手を下すにも…… あちこち転々としながら嗅ぎまわるその居場所が掴めない。下手な嘘では釣れなかった。頭の切れる女だ……。だから慎重に真実のパン屑を撒いたのさ。生き証人である私だからこそ出来る、巧妙なやり方で。誘き寄せるまで半年かけたよ」
ニタァ、と半開きの口を吊り上げ、薄い下唇をチロリと舐める青白い顔。
「あの戦いの悦びは忘れない。刃を交えるまでは紙くずを摘んで捨てるような気分でいたが…… 興奮したよ。あれほど追い込まれたのは初めてだったが…… 最高だった。だが残念でもあった。同じように満たされることはもう無いだろうと諦めていたんだよ。だが………… ジュディ。君が現れた。意にも介さなかったあの幼子が。逞しくなって。君にはもう一段、二段、高いレベルまで達して欲しいと思っていたがまあいい。母と娘が同じ地で死力を尽くし、絶望する……。何十年も滾らせてきた復讐の炎は虚しく…… 消える。最高じゃないか。最高だと思わないか? なあ? そう――」
「シェェェェェェェッツ!!!!」
ジュディの発声によって戦いの火蓋が切られた。疾風の如く駆けたジュディは20ヤードの間合いを一瞬にして0ヤードに縮め、フォルカーの腹を裂くようにフロストブリンガーを右から左へ払う。「ふむ」と鼻から息を吐いたフォルカーは揃えていた右足を後ろに引き、拳1個ぶんの間合いでスウェー回避して見せた。風圧によってフロックコートに真一文字の霜が着氷する。狙い通り。ジュディは空を斬った氷刃を返し、突進の勢いそのまま体当たりするように本命の2撃目を狙う。その寸前、フォルカーは引いた右足を斜め上に突き上げる。鞭のようにしなやかな膝蹴りがジュディの顔面を捉えた。
「ツッ……!」
膝蓋骨を額で受け止めたジュディの顎が跳ね上がり、つんのめる。歯を食いしばりながら前方を見据えると、視界からフォルカーが消えている。流れるような体捌きで衝突を避けながらジュディの背後を取ったフォルカーは右手で大刀の柄を握り、無防備になった背中を――
ドンッ!
ノールックでジュディが放った弾丸は右脇から彼女の外套を突き破り、フォルカーの喉元へと飛翔した。一瞬の動作から反撃を察知したフォルカーは身を捩る。だがあまりにも至近距離。弾丸は右肩を掠め、肉を抉った。
ドンドンドンッ!
ジュディはフロストブリンガーを咥え、前方に飛び転がりながら続けざまに撃鉄を叩き起こして引き金を引く。
回避できぬようバラバラの方向に速射された3発。フォルカーは2発の弾道から身を逸らし、胸元に迫る残り1発を鞘から半分抜いた大刀で弾いた。

互いの間合いから離れ、互いが静かに息を吐く。呼吸の乱れは無い。

◇◇◇

雪上に刻まれたタイヤ痕を辿ると、腐朽した一台の車に寄り添うようにジュディの六輪車が停められていた。そこから続く途切れ途切れの足跡と、イタルが感知した ”気配” を頼りに険しい森の中を走ること10分。「ストップ」のサインを出したゴードンが確信めいた口調で囁いた。
「あれだな」
行く手を阻むように密生していた木々は魔法で消したかのように途切れ、テニスコート3面ぶんほどの平坦な地が前方に広がっていた。その奥、急斜面を抉るように水平に開いた洞穴。左右には、入り口を守護するように2本の巨木が屹立している。
「…………よし、行こう」
呼吸を整えたゴードンは三人が頷くのを確認し、足を踏み出した。
360度を警戒し、森に囲まれた広場を中央まで進んだところでイタルが立ち止まる。
「ウゥゥ……」
新たな敵の出現を知らせるイタルの唸り声。獲物を狙う鷹のような眼が左の森の中に向けられる。その視線を追ってゴードンとエリザベスがグロックを構え、ソフィアが腰のボウイナイフに手を伸ばす。
イタルは右の森の中へと視線を移す。
「そっちもか?」
ゴードンはエリザベスと背中合わせになるように足を動かし、右側に銃口を向け直す。
イタルが洞穴の上―― 切り立った斜面の先を仰ぎ見る。
「え? 正面も?」
つられてソフィアが前方を見上げると、急斜面を飛び降りるひとつの影が見えた。

「気配は上手く消せていたと思ったのですが……。不意打ち失敗」
三点着地を決めたカイゼル髭の男は山高帽の鍔をクイッと持ち上げ、立ち上がりながら皮装束の襟を正した。
「邪魔者を通すな、と仰せつかっておりますから…… ここで死んでもらいます」
片手で束ねていたブルウィップをハラリと垂らし、山高帽の男が宣言する。その合図を待っていたかのように、左右の森の中から複数の巨獣が姿を現した。

【#26に続く】

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