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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #24(第7話:1/4)

向かうは天国、いや地獄――
-ジュディ-

<前回のジュディ>
チームワークによって救出作戦は成功したが、フォルカーとの対決は持ち越された。
前回(#23(第6話:4/4)
目次

……………
■#24

「ああ、それとポールモールをワンカートン」

無愛想な店員が無言で取り出した煙草を受け取ったジュディは、ドライブインの薄汚れたドアを引きながら空を見上げた。つい先ほどまでの暖かい陽射しが嘘のように広がる鈍色の雲。

ひと雨きそうだね。雪に変わるか――

静かに主を待っていた六輪駆動のメルセデスG63 AMGに乗り込み、冷えたコーラでチョコバーを胃袋に流し込む。

デンバーの自宅を発ってから18時間。
カンザス州とミズーリ州を横断してインターステート70号線から64号線へと乗り換えたジュディは、給油がてらチャールストンで束の間の休息を取っていた。

ここから南下して…… あと2時間プラス徒歩、ってところか。ゴードンのヤツ、怒ってるだろうねぇ。
煙草のボックスをくしゃりと丸め、最後の1本を咥えながらイグニッションキーを回す。V8ツインターボエンジンの始動音と同時に再生されたヒットソングをハミングしながら、アクセルを踏む力を強めていった。

『Almost heaven, West Virginia......』

目指すは地球最古の山脈、アパラチアの奥深くにある遺跡。
母、マリアが眠る場所。

◇◇◇

アルバカーキの救出劇から2日後の夜。
2019年1月1日、デビルズキッチン。

「秘密基地って感じでいいな。よし、ゴスケ。ウチらも作るかこーゆーの」
「維持費と役目を考えたら四谷のラボで充分かと」
「またお前はそうやって正論を……。しっかしアメリカで年越しとはなぁ。大晦日はコタツで蕎麦を食うつもりだったのに。……コーハクはどっちが勝ったんだろ」
「白です」
地下室に案内されたアコとゴスケは、部屋の奥に設置されたカウンター席に座って7杯目のカクテルを含味していた。
「白か。それにしてもソフィアさんが作るカクテル、チョー美味しい」
「ありがとう。二人ともお酒強いのね」
大事に至らず、すっかり良くなった様子のソフィアがカウンター越しに微笑む。
「酒、か。オジキ… ヴィクターには負けるけどね。で、シチサンと姐さんの攻防はいつ終わるのやら……」
頬杖をつきながら振り返ったアコは、円卓で押し問答を続けるゴードンとジュディを眺めて退屈そうに溜息をついた。

「ジュディ、いいから場所と日時を」
「何べん言わせるんだよ。これは私の問題」
「いいや、俺たち全員の問題だ」
「お前さんは最近疎かにしているFBIの仕事に集中しな。クビになるよ」
「今はそんな状況じゃないんだ! わかってるだろ?」
椅子から身を乗り出し、正面に座るジュディに向かって声を荒げるゴードン。
左右に座るイタルとエリザベスは黙って二人のやり取りを見守っている。

「ああ、わかっているさ。あのクソ野郎の言いぶり…… それに招待状の内容からして興味の対象はこの私。アイツと私の一騎討ち。それで終わり」
エリザベスの懐に忍ばせてあったフォルカーの招待状は、最初に目を通したジュディがオーガイーターに喰わせてしまった。

「悪魔の言うことなんて信じられないだろ!? それに――」
ゴードンは「もしそれで負けたら」という言葉を苦渋に満ちた表情で飲み込み、浮かせた尻を椅子に戻した。

「姐さん、ゴードン。いいかな」
見かねたアコが向き直り、二人の会話に割って入る。
「差し出がましいかもだけど…… アタシはゴードンの言う通りだと思う。姐さんだけの問題じゃないよ。ソフィアさん、イタル、ゴードンの三人は面が割れちまったから…… ”奴ら” に狙われる可能性は捨てきれない。エリザベスは不幸中の幸いってヤツで既に興味の外、アタシとゴスケも日本に帰っちまえばいいだけの話。でも…… この三人はそうはいかない」
ソフィア、イタル、ゴードンの顔を順々に見たアコはジュディに視線を戻し、思い切ったようにふたたび口を開く。
「もし…… もし姐さんが勝てなかったらどうするの? 事実、仕留められなかった相手でしょ? タイマンなんかに拘らないで少しでも勝つ確率をあげるべきだとアタシは思う。この人たちはズブの素人じゃない…… 過小評価は失礼だわ。なのに。大黒柱の姐さんが勝手に一人でおっ死んじまったら…… せっかくの勝機を失った三人は一生怯えて逃げ回るの? それとも悪魔のお仲間にされて殺戮マシンに? 例の孤児院だって無事じゃ済まないかもしれない。もうとっくに…… 姐さんは抱えちゃってるのよ。大事なものをたくさん」

ジュディは卓上の一点を見つめたまま表情を変えず、黙ってアコの言葉を受け止める。
アコはまくし立てるように続けた。

「それにあのフォルカーって男。言い様からして姐さんとの対決を楽しみたいのは間違いない。誰にも邪魔されずにね。とすると…… 姐さんが読んだ招待状に ”一人で来い” とか、”そうすれば残りの者を見逃そう” とか偉そうな誘い文句が並んでいたんじゃない? さっき姐さんが言った ”一騎討ちで終わり” って、そういう意味じゃないの? だとしたら姐さんはバカよ。何もわかってない。立ち向かうことすら許されず…… 万が一姐さんが負けたら…… その犠牲の上に成り立つ人生を強制される皆の気持ちが…… まるでわかってない。以上」
言い終えてくるりと背中を向けたアコは、乾いた喉を潤すようにカクテルを煽った。

沈黙。

俯きながら両手首を交互にさすっていたエリザベスが顔をあげ、ジュディを見つめる。
「ジュディさん、私も同じです。私は狙われなくなった。でもそれで解決したなんて思えないんです……。皆で戦いましょうよ。未熟な私がどこまで役に立てるかわからないけど…… 今度は私が…… 皆の力になりたいんです」
彼女の手首にはまだ生々しい傷跡が残っているが、指を動かせる状態まで回復していた。

長い沈黙。

ふん、と鼻を鳴らしたジュディは組んでいた指をおもむろにほどき、重い口を開いた。
「まるで私が負け戦に赴くような言い草ばかりで気に食わないね。…………1月7日だ。7日の正午から48時間、ウェストバージニアの遺跡にいる、と書かれていた。77年前に私の母が散った場所。一人で来い、とも」

ゴードンが神妙な面持ちで小さく頷く。

「そうか…… ジュディ、ありがとう。俺たちのチームワークをアイツに見せつけてやろうじゃないか。準備を整えて6日の夜に出発しよう。……アコもありがとう。フライトは明日、だったかな」
「いや、明後日にした。ゴスケの準備にチト手間取ってね。決戦は6日後…… か。その頃にはイタルもエリザベスも全快してるよ。オジキに感謝しな。それとコレ」
アコは指で摘んだキーを全員に見せ、カウンターに置いた。

「オジキの家の。弾薬は揃えてあるから使ってくれ。姐さん用、ゴードン用、エリザベス用……。隠し部屋の開け方は書棚のスイッチ、と覚えておいてくれ。ヤバイ研究材料もゴロゴロしてるから注意を…… って、ホントにゴスケを帰国させていいのか? 強がる必要はないぞ」
「ああ、大丈夫だ。これ以上俺たちの問題に巻き込むわけにはいかない。それにそっちも色々とやる事があるんだろ」
「まあね。んじゃ、勝利の吉報を日本で待つよ。遠慮なく連絡を」
ゴードンのキッパリとした回答に納得したアコは、世話の押し売りを諦めてニコリと笑った。

「はい! 話もまとまったことだし、これ。ヴィクターが好きだったテキーラ。ハッピーニューイヤーって気分じゃないかもしれないけど…… 1杯くらい、いいでしょ?」
手際よくショットグラスを配ったソフィアが、全員の視線を集めながら発声した。

「ヴィクターに。それに…… お猿のトレバーにも」

「ヴィクターとトレバーに」

一同はグラスを掲げ、飲み干した。

◇◇◇

ポツ、ポツと降りはじめた雨の下、まじろぎもせず足元を見つめる。
巨樹の傍ら。薄っすらと雪化粧された、小さな積み石。
大きな穴を掘らんと必死に土を掻いたあの感触が両手に蘇る。
ジュディは顔をあげ、あらためて周囲を見回す。
渓谷から離れた山奥、複雑に入り組んだ丘陵と獣道すらない森に囲まれた場所。にも関わらずこの一帯だけは堆積岩と火山岩で地均しされ、今は所々を雪が覆っている。ジュディのすぐ横には、切り立った斜面。その斜面でポッカリと丸い口を開け、来客を待つ洞穴。入り口には明らかに人の手が加えられたとわかる装飾が施されているが、太古のものではない。
何も変わっちゃいない――
長い歳月を経て人類からその存在を忘れられた場所が、77年ぶりに訪れたジュディを何ひとつ変わらぬ風景のまま迎えていた。

懲り懲りさ。
目の前で大切な誰かを失うのは。
誰かと来たら、その誰かから殺す。私を煽るため…… あのクソ野郎は必ずそうするだろう。連携プレーの余地など与えず、一人、一人と。奴の攻撃を凌げるのは私とイタルくらいだ。他が狙われたら二人でカバーしきれるか。そんな余裕はない。そんな生易しい相手じゃない。

母の壮絶な死闘を目の当たりにし、自らもわずかながら刃を交えたジュディだからこそ分かる、フォルカーの狂った強さ。

チームワーク。5対1。確かに勝率は上がるかもしれない。だがその勝利は、必ず誰かの犠牲の上に成り立つ勝利になる。だから私が一人でやるしかない。いや…… もともと私がやらなきゃならない狩りだった。恨まれてもいい。罵られてもいい。誰一人失わずに終わらせるにはこれしかない。

私は―― 勝つ。

すっかり短くなって湿気た煙草を始末し、洞窟内部へと一歩を踏み出す。
枝木と布、ガソリンで作っておいた即席の松明に火をともし、大型トラック一台が通れる程度の横穴をしばらく進んだジュディは足を止めた。

「なるほどね」
呟いたジュディは片手で器用に煙草を取り出して咥え、松明を顔に近づけた。
一服。
漂う煙の動きを観察する。
あの時はここで行き止まりだった。浅く、大した価値のないボロ遺跡だと。入り口のショボい装飾もそう思わせるためのフェイクだったってことか……。

上下左右の湿った岩がヌラヌラと松明の灯りを反射するなか、ジュディが見据える正面だけは様子が異なっていた。最深部だったはずの岩壁が動かされ、その先に潜む闇が光を呑み込んでいる。地獄へと続くかのように暗く、重く、冷たい闇が。

【#25に続く】

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