見出し画像

【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #22(第6話:3/4)

お悔やみを。
-ジュディ-

<前回のジュディ>
ヴィクターの計らいによって桐島商会の助力を得たイタルは、アコ、ゴスケとアメリカに飛んだ。
前回(#21(第6話:2/4)
目次

……………
■#22

漆黒の外套をはためかせながら前傾姿勢でSSバイクを操るジュディは、深夜のU.S.ハイウェイ285号線を時速100マイルオーバーで疾走していた。レッドゾーンに達した超高回転型4気筒エンジンがレーシーな金切り声をあげる。

「ジュディ、現在地は」
「サンタフェを通過」
ピックアップトラックのアクセルをベタ踏みしながらソフィアがスピーカー状態のスマートフォンに問いかけると、すぐさまジュディの返事が車内に響いた。フルフェイスにヘッドセットという装備の影響でくぐもっているが、高揚している様子がはっきりと伝わる声。
「ニューメキシコに入ったか。だいぶ離されたな…… もう少しスピード出せないのかこの車」
車両一台でジュディを追う形になったソフィア、ゴードン、イタル、アコの四人。助手席で端末上の地図を確認していたゴードンが苛立ちの声をあげると、ソフィアはさも不愉快そうな顔で「人の車に文句ばっかり」「あなたがFBIの車に頼っているからこういう時に役に立たない」「私より実入りのいいそっちが立派な車を買って皆を乗せるべき」といった大量の反撃ワードを発射してゴードンを沈黙させた。

「シチサンは空気が読めないんだな」
二人の様子を後部座席から観察していたアコが呟くと、隣に座るイタルが同調するように頷いた。
「アコさん、何か言ったかい?」
ゴードンがバックミラー越しにアコと視線を合わせる。
「いや、何も」
ニッコリと作り笑いを見せるアコ。
「そっか。……しかしアコさん、あのゴスケとか言うYAKUZAみたいな男、いったい何者なんだ? 三人相手だぞ? しかもさっきの電話が本当なら…… ものの数分で片付けたってことになる」
「ゴスケはね、年頃はアンタと同じくらいだが肝の据わり方が違うのさ。ガキん時から厄介な抗争、”死線” ってやつを何遍もくぐり抜けて。オヤジの下で真っ当に働くようになってからの関係だから昔のアイツを見てきたワケじゃないけど…… そりゃあ凄かったらしい。実際、今見ても凄い」
「へえ」
誇らしげな顔で語るアコ。そして寡黙なゴスケから感じたあの形容し難い迫力と自信。ゴードンは小さな嫉妬を気取られぬよう、そっけない相槌を打った。
「……それにゴスケの脱法ハジキは反則だからね」
「ハジキ?」
「フライングモンキーが降下を開始した」
目視とGPSでトレバーを追跡していたジュディの一報によって二人の会話は断ち切られ、ゴードンはいつものマジメ顔をもう一段マジメにしながら大声でスマートフォンに呼びかけた。
「ジュディ、早まるなよ! 1時間もあれば追いつける! ……いよいよだな」

◇◇◇

遡ること数時間。
コロラド州 レイクウッド、グリーン・ゲイブルズ・パーク。
人影が失せた薄闇の駐車場に一台のピックアップトラックが停まっていた。
「店は大丈夫なのか」
何か会話を、と助手席のシートに身を沈めていたゴードンが口を開くと、ソフィアはハンドルでト、トトンとリズムを刻んでいた手を止めて頷いた。
「ええ。臨時休業。心配だもの。……このお猿さん、さっきからやらしい目で見てる気がするんだけど。隣に居たジュディさんが降りてからずっと…… 気のせいかしら」
バックミラーに映るトレバーがサッと視線を逸らす。ジュディをデンバー大学で降ろしてから30分。結束バンドで両手を封じられたトレバーは黙って後部座席に座っている。
「ジュディには服従しているようだが三人殺してるからな。注意しろ」
「悪いコトしたら指くらいはいいかしら」
ボウイナイフを鞘から抜き、研ぎ具合を確認しながらソフィアが微笑む。
「ボ、ボクはもう悪いコトしない」
「へぇ…… あ、ジュディさんじゃない?」
「待ち合わせ3分前。思いのほか早かったな」
車内にトレバーを残したままピックアップトラックを降りた二人は、甲高いエンジン音を響かせながら接近するバイクを迎えた。

「人様を呼び出した張本人が未到着かい」
フルフェイスのヘルメットを脱ぎながら開口一番不満を垂れたジュディはバイクに跨ったまま懐から煙草を取り出すと、無駄のない動作で火をつけ深く息を吸い込んだ。
「もうじき来るとは思うが…… そっちはガソリン満タン準備万端って感じだな」
「ああ。このままクソ野郎の根城に向かう可能性もあるからね。取り回しが効くコイツの方がいい」
ジュディが紫煙を吐きながら燃料タンクをポンと叩く。YAMAHA YZF-R6 2017年モデル。大学への進学祝い、そしてチームメンバーとして ”足が必要” という理由から、ジュディがエリザベスに買い与えた600クラスのスーパースポーツ。ブルーイッシュホワイトパールのカラーリングはエリザベスが選んだものだった。

「で、そいつらは何者なのさ」
「ああ…… 昔からヴィクターと付き合いのある日本人、だそうだ。アコと名乗っていた。俺の連絡先を知っていることと…… 電話口で小出しにしてきた情報からして信用できそうだが、実際に会ってみないと何とも言えないな。イタルは無事に保護した、と言っていたが…… ヴィクターが直接連絡できない理由は何だろうか」
「さあね」
「関係ないかもしれないが、ここの目と鼻の先にヴィクターの自宅があるよな。それでこの場所を指定してきたとか? 一仕事終えて機内で飲みすぎて爆睡、って話なら笑えるな」
「どうだろうね」


「来たみたい」
暫しの沈黙を破ったソフィアの視線の先を二人が追うと、一台のSUVがライトを消した状態で静かに駐車場に入ってきた。

車2台ぶん離れた位置に停車したSUVから降りたのは三名。肩を窄めながらグレーのダウンジャケットに手を突っ込む女。そしてイタル。最初に運転席から降りていたスーツ姿の男は車内からジェラルミンケースを取り出し、寒さなど感じないといった様子で周囲に目を配る。
「おおお… 空港よりもさみーなオイ」
「マイナス5度ですお嬢」
「マイナス!?」
「ここらへんは標高が1000メートルあるって話ですから」
「1000メートル!? コロラドハンパねえな…… そういう知識もつけていかんとダメかなこりゃ」
「うるさいやつらだね。英語はできるかい? こっちの二人は日本語がダメでね」
会話を遮りながらジュディが睨みを利かせると、アコが片手を挙げながら流暢に答えた。
「英語で。……貴女がジュディさんね。姐さんと呼ばせてもらうわ。ヤマハのSSなんていい趣味してる。アタシの名前はアコ。こっちはゴスケ。ゴスケは英語が通じないけど問題なし。まずは遅刻にお詫びを。前の用事が思った以上に手間取って」
「言い訳は要らないよ。それにお前さんと姉妹になるつもりはない」
「いいの。アタシの勝手な流儀だから気にしないで。オジキ… いやヴィクターからは姐さんに従うように言われている。そっちの眼が綺麗なレディーはソフィアさん…… かな。で、アンタが…… 例のコロラド名物…… マジでホントのシチサ……ぷぷ」
アコが笑いを押し殺しながらゴードンの頭部を凝視する。
「ゴードンだ。イタルについては感謝する。無事でよかった…… が。俺に電話してきた時 ”会ってから説明する” と言っていたのは何だ? ヴィクターは?」
イタルの顔が一瞬引き攣る。その様子をジュディは見逃さなかった。

「死んだんだね?」

「は?」「え?」
ゴードンとソフィアが同時に驚きの色をジュディに向け、続けて同時にアコを見る。言葉を待つ三人の視線を一手に受け、アコは神妙な面持ちで頷いた。
「オジキから聞いていた通り…… 姐さんは話が早い。詳しい説明は後回しにしてまずは端的に言うわ。ヴィクターは殺された。遺体は本人の意思によって焼却。日本からのクレームはイタルを餌にした罠だった。イタルの母親を殺したハンターらの仕業。混血狩り、ってやつね。そのクソどもはイタルが皆殺しにした。アタシは長年世話になってきたヴィクターの遺言に従ってイタルを届けにきた。ヴィクターの身辺整理も兼ねて。証拠を出せと言われても困るけど…… ヴィクターがイタルに宛てた手紙を読めば信じてもらえるだろうか。イタル、見せてやりな」
アコに促されたイタルは目を伏せたままゴードンに歩み寄り、1枚の紙を手渡した。

「そんな…… ヴィクターが死んだ、だと……」
手紙に目を通し愕然とするゴードン。隣から覗き込むソフィアは言葉も出ない。2本目の煙草に火をつけながら無言でその様子を見守っていたジュディは、イタルと同時に林の奥へと視線を向けた。20ヤードほど先の闇から沸き立つ ”気配”。0.5秒遅れてゴスケが向き直る。

「追悼は後回しだね。来客だよ」

ジュディの声に呼応するように、駐車場の隣に植えられた木々の間から3つの人影が姿を現した。揃いのホッケーマスクにスーツ。それぞれの手には刀身長が短めの西洋剣が握られている。鞘は無い。
「女ジェイソン! こ、こいつらトレバーが言ってた奴らじゃないか?」
ゴードンが声を張り上げながらピックアップトラックに振り向くと、サイドガラスに怯えた顔を押し付けながら繰り返し頷くトレバーの姿が見えた。

「なるほどねぇ。トレバー達は餌だったわけだ。私らが食いつくのをじっと待って…… こうして大勢が集まるチャンスを伺っていた、と。4匹いるって話だったが…… 残りの1匹は報告に向かったか? チト面倒な状況だね」
煙草を始末し、アックスホルスターのロックを外しながらバイクから降りようとするジュディ。が、一歩前に歩み出たゴスケがそれを制止した。
「ここは俺に」
「あ?」
「エリザベスって人を…… 助けに行くんですよね? 行ってください。頭数は多い方がいい。それに一刻を争う状況です。シケ張りの報告が届いたら面倒だ。親玉に絵を画く余裕を与えちゃいけません。トンズラされたら最悪ですよ」
理路整然と述べたゴスケと無言で3秒間、じっくりと目を合わせたジュディは頷いた。
「……お前さん腕は立ちそうだが、コイツら恐らく ”ハンター崩れ” だ。殺れるかい? 強い上に…… 女だ。甘いコトぬかすようなら私が殺る」

ジュディは3匹の独特な所作から素性を見抜いていた。
これも ”石の実験” ってやつか。ハンターにも影響を及ぼすとは―― 悪魔としての気配さえ殺せれば、同業者に ”堕ちた” ことを隠し…… 何食わぬ顔で近づいて拉致でも暗殺でも自由自在だ。目撃者がいても面が割れないように悪事を働く時は顔を隠し…… 厄介だね。

「えぃ。殺れます」

「……大した自信だね。アコ、お前さんはいいのかい? ボディガードだろう」
「ええ。姐さん、ここはゴスケに任せて。アタシも姐さん達について行くから大丈夫。理由は後で説明するけど…… ゴスケ! ケースを。そいつらバラしたら一報くれ。落ち合う場所を連絡する」
「えぃ。お気をつけて」
アコは心配するそぶりひとつ見せずに同意すると、ゴスケからジェラルミンのケースを受け取った。
「初対面で借りを作るのは癪だが…… 頼んだよ。ゴードン! ソフィア! イタルもだ! 車で着いて来な! トレバーを飛ばす」
バイクのエンジンに火を入れながら発せられたジュディの号令によって、三人が一斉に動き出した。
「わ、わかった! ……なあソフィア、あのバズカットの男は何を言ったんだ?」
「さあ……」
「ゴスケに任せるってコト。さ、お二人さん急いだ急いだ。イタルも早く乗りな」
ピックアップトラックから連れ出されたトレバーと入れ替わるように後部座席に飛び乗ったアコが、イタルを隣席に招き入れた。

翼を広げ一気に高度を上げたトレバーを追うべく、ジュディのバイクが爆音を轟かして瞬く間に走り去る。後に続けと動き出すピックアップトラック。それを阻止せんと駆け寄るホッケーマスクの前に、ゴスケが立ちはだかった。

「テメーらの相手は俺だ」

「邪魔」「どけ」「殺す」
同時に呟く三人のホッケーマスク。うち一人が仁王立ちのゴスケを迂回してトラックへと疾駆するも、その身体は一瞬にしてくの字に横曲がって無様に駐車場を転がった。
ホッケーマスクを遥かに凌駕する速さで大きく踏み切ったゴスケの飛び蹴り。

「速い」「危険」
残された二人は互いに距離を取るように散開し、肩幅の半身で剣を構える。

二人に向き直ったゴスケはおもむろに両拳を水平にあげ、親指と人差し指を開いて2丁の銃を形作った。左右の人差し指がホッケーマスクそれぞれに向けられる。

首を傾げるホッケーマスク。

「ドン」

ゴスケが呟いた瞬間、ホッケーマスクの穴がひとつ増えた。
構えた剣を1インチも動かさぬまま眉間を貫かれて即死した二人は着弾の衝撃で仰向けに倒れ、白いマスクの隙間から一筋の赤い血を流した。

「そんなしょっぺーヤッパでハジキに勝てるかよ… おっと」
人差し指の第二関節から先が ”再装填” される様を眺めながら独言していたゴスケが咄嗟に屈む。
刹那―― 首筋を狙った背後からの横一閃は空を斬った。
「チィーッ!」
忍び寄っていたラストホッケーマスクが舌打ちとも奇声とも取れる珍妙な音を発しながら剣先を上げ…… 振り下ろす!
逸速く立ち上がっていたゴスケは横にも後ろにも避けることなく、剣線に向かって踏み込んだ。流水のような動作で腰を開いて縦斬りをかわしながらガラ空きになったマスクを右手で鷲掴み、指を立て―― 穴、穴、穴、穴。残った4本の指をホッケーマスクの穴に捻じ込む。

「ドン」
「ぴゃっ」

頭部に一斉近射を受けた三人目は短い悲鳴をあげて敗死した。


先の死体それぞれの頭部に左の小指、薬指…… と1発ずつ念押しの指弾を撃ち込み終えたゴスケは、残った2本の指を器用に動かしてズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと短縮番号を叩いた。

「……ああ、お嬢。終わりました」

【#23に続く】


いただいた支援は、ワシのやる気アップアイテム、アウトプットのためのインプット、他の人へのサポートなどに活用されます。