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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #23(第6話:4/4)

ボリューミー。
-ジュディ-

<前回のジュディ>
ジュディ、ゴードン、ソフィア、イタル、アコ、ゴスケ。六名が一堂に会した。そこに現れたホッケーマスクの始末をゴスケに任せたジュディたちは、水先案内猿を頼りに仇敵フォルカーの根城に向かった。
前回(#22(第6話:3/4)
目次

……………
■#23

ニューメキシコ州 アルバカーキ。
緩やかに高度を下げながら夜空を滑空していたトレバーは、サンディア山脈とカートランド空軍基地に挟まれた高級住宅街の一画目掛けて着地態勢に入った。
屋敷森が茂る、2エーカーはありそうな私有地。その奥まった位置に築かれた大きな屋敷。純白の壁に白鼠色の三角屋根が白亜の城を連想させる。半円状の玄関階段から左右に伸びる石畳は遥か手前の正門へと弧を描くように続き、広い中庭をぐるりと囲んでいた。その庭の中央に聳え立つ噴水の頂点に着地したトレバーは翼を折り畳み、正門にバイクを停めたジュディの元へと駆け寄ってきた。

「サ、サササ、サ、サムい……」
「高度を下げはじめてからが長いんだよ紛らわしい」
「ボ、ボクに言われテも…… こ、ここデま、間違いない。ハッキリ覚えテる」
「そのようだね。が、あのクソ野郎の気配はない」
正面80ヤードほど先に見える屋敷の窓から暖色の光が漏れ、その一帯に殺気立った ”気配” が大小いくつか。巨大なガレージの横に大型のバイクが停まっている。報告者は既に到着している可能性が高い。ゴードン一行が到着するまで数十分……。行くか、待つか。正門の鉄柵はジュディを迎え入れるように開け放たれている。
「ジュディ、着いたのか!? 救出最優先だからな! 先走るなよ!」
思考を読んだようにゴードンのがなり声がイヤフォンに響く。
「……待機する。動きがあれば即突入。通信終わり」
ヘッドセットを外したジュディは目を細めながら煙草に火をつけ、夜空に向かって大きく煙を吐いた。

◇◇◇

「裏手に入り口がふたつ。ガードは見当たらないわ」
偵察を終え、暗がりを走ってきたソフィアの報告にゴードンが頷く。
「そうか。データベースには資産家の老人名義とあるが…… ジュディ、気配の数は変わらず――」
「5つ。待ちくたびれながら何度も探ったから間違いない。うちひとつはバカ凶暴な感じで隠そうともしていない。……フォルカーとかいうクソ野郎の忌々しい気配は感じられない。逃げたか、ごく自然に消しているのか」
「ふむ… さて、どうやっ…… おいジュディ! 何を」

ナックルダスター ”オーガイーター” を両拳にはめ終えたジュディが堂々と庭のド真ん中を進み始めた。
「何を、って殴りこみだよ」
「ど、どうやって」
「扉をバーン」
「正面の?」
「そうさ。こんなデカイ屋敷をたった五人でコソコソ囲んだって無意味だろう? 堂々と正面から入って殴り合うしかないさ」
振り向かずに言いながら歩を進めるジュディ。イタルとソフィア、そしてトレバーが遅れて続いた。
「ゴードン、姐さんの言う通りだよ。戦力の分散はリスキーだ。正面からカチコミかますしかない。早く早く」
「ちょ、アコさんまで」
アコに背中を押され、ゴードンは渋々と従った。

静寂。
月光に照らされた中庭を歩く五人と一匹。冬芝を覆う凍雪をザクザクと踏みしめる音と、通り過ぎた噴水から流れ落ちる水の音が響く。

残り20ヤードまで迫ったところで玄関の大扉がゆっくりと内側に開いた。年老いた男と女が左右に扉を引き終えて恭しく頭を垂れると、室内から零れる眩い光を背にフォルカーが姿を現した。
「ようこそ。名前はジュディ…… だね。残りのお仲間は初めまして」
青白い額から伸びる黒髪を光沢のある整髪料で几帳面に撫で付けた、身の丈6.5フィートほどもある男。棒切れのように細長い胴と手足。その異形にピッタリと合うよう誂えられたフロックコート一式を身に纏い、左腰から大小の柄が覗いている。
ジュディはギリ、と歯を軋らせた。相対するフォルカーからは、未だ気配が感じ取れない。脅威など微塵も感じていないかのように――
「舐めくさりやがって……」
「ジュディ、あいつが?」
「スレンダーマンみたいで気味悪いわね……」
それぞれの得物を抜きながらゴードンとソフィアが身構える。

「役立たずの猿も存命か。多少なりとも期待した私の愚かさよ…… 失敗作は処分するよう命じたのだが」
ジュディの陰から顔を出したトレバーに真紅の虹彩が向けられる。
「ブツブツ言ってんじゃないよ――」
殺意を漲らせ駆けようとしたジュディが踏みとどまった。
「エリザベス……!」
フォルカーの背後から歩み出た少女は、最後に見た時と同じ格好のまま。しかし、腕周りが赤黒く変色したレザージャケットの袖口から ”異様な手” が生えている点だけが異なっていた。黒緑色の鱗に覆われた大きな手。四本指の爪は牙のように鋭く伸び曲がる。
「なんだあの手。バケモノか」
アコが眼鏡をクイ、と上げながら身を乗り出す。
「エリザベス! 何してんだ早くこっちに!」
「エリザベス? どうしちゃったの」
ゴードンとソフィアの呼びかけを無視し、ジュディを睨むエリザベス。その両眼に宿る真紅の光――

「人間、ハンター、動物…… そして ”混血” にも効果があると証明できたのは良かったが…… 私がうっかり魅力的な手を斬り捨ててしまったが故につまらない女に成り下がってね。君等のために ”代わり” を与えておいた。粗末ではあるが…… 馴染んできたようなので少しは楽しんでもらえるだろう」
蛇顔の目口が歪な笑みを形作ると、その背中に濡羽色の翼が広がった。トレバーのものよりもふた周りほど大きな翼。
「この… 逃げるのかクソ野郎!」
「逃げる?」
フォルカーは首を傾げ、諭すような声で続けた。
「いいかいジュディ。君等のようなチンケな存在と違って私は忙しいんだ。長年高い身分に居ると面倒も多い。評議だの…… 判断だの……。何より、今くらいの君では私に勝てないよ」
「ああ?」
「君の母親は強かった。一度きりの交わりだったが…… あの時代において蓋世の才があったと称えてもいい。……だがしかし。娘の君には足りないんだ。技量も…… 成し遂げるための覚悟も。半世紀以上前の仇討ち? そんな色褪せた動機じゃあ弱い。だから機会を与える」
「機会?」
「ああ。私の手先となったこの小娘に招待状を預けておいた。……君が愛するこの小娘を殺せ。そして憎め。私を。罪業と憎悪の炎が君に一層の力を与える。その時、私はふたたび刀を抜こう。究極の感情を持ってしても尚、無力な君を…… 絶望を抱いた君を斬るために。さあ諸君、後は頼んだぞ」
フォルカーがエリザベスの肩をポン、と叩き、老人と老婆に目配せする。
「へぇ。力を与えてくだすった恩は忘れません」
「アタシらにお任せを。邪魔者はキッチリ片付けまさぁ」
繰り返し頭を下げる老夫婦にはもう関心が無いかのように、フォルカーは目もくれずに上空へと舞った。
「野郎!」
「コラ! フォルカー様になんちゅー口の利きかた! 動くんじゃないさこの不法侵入の乞食どもが!」
一喝した老婆は懐からリモコンを取り出し、スイッチを押した。

ギギ、ガーガガガガガ…………


玄関からほど近いガレージのシャッターが、軋んだ音を立てながら開き始める。

ガガガ… ガコン! ギョキギョキギョキ! ベキン!
ブルルルオオオォォォォォ!!
待ちきれず、と言わんばかりに、わずかに開いた隙間に手を突っ込みシャッターを破壊したのは、見上げるばかりの巨大な全裸女! ビリリと大気を震わす雄叫びをあげながらジュディ一行を目掛け突進する!
オオオォォォババババルルルブオォォォ!!
豊満な巨体とクセの強い赤毛を揺らしながら地を蹴るたび、ドッ、ドッ、ドッ、と重量のある音が大きさを増しながら迫り来る。
ドンドンドン!
顔面を狙ったゴードンの3点バーストは女の丸太のような腕に阻まれた。
「なんだなんだクソ! 銃じゃ無理だ!」
「私の能力じゃ間に合わない!」
「一撃で喰い殺すにゃデカすぎだ。いや、ポジション次第か……」
「おいおいおいヤベーぞ。4メートル近くあんだろ」
オーガイーターの使用を諦め、フロストブリンガーを抜くジュディ。叫びながら後ずさりするアコ。その正面にイタルが躍り出た。
「イタル? アンタ足がまだ万全じゃないだろ! いくらアレを着けたからって……」
アコの気遣いを背中で流したイタルは、スカジャンを脱ぎ捨て巨女へと疾走した。
「フーッ!! バルルオォン!
近接の間合い。叩きつけるように振り下ろされた右腕を跳躍で躱したイタルは、左足でその肩に着地した。
「フキィーーッ!」
イタルを振り落とそうと、巨女が金切り声をあげながら上体をブルルと揺らす。しかし、イタルは肩の上に1本足で立ったまま離れない。チキキキキ…と機械音を発しながら三前趾足、鷲の趾形に変わったブーツの鋭い爪が、獲物を捕らえるように巨女の僧帽筋を掴んでいた。左足1本でバランスを取るイタル。そのまま右足をスッと走らせ―― 強靭な下半身が繰り出す曲芸下段蹴り!
「ブカッ…!」
殺人的な一撃が巨女の頬にめり込んだ。
顔面を捉えた右のブーツはそのまま三前趾足へと変形し、巨女の頭皮を鷲掴みにする。軸足をスイッチし、右足1本で頭の上に立ったイタルは続けて左足を振り上げ―― 蹴る、蹴る、蹴る!
「ヅッ、ペッ、コ……ッ」
大きな前歯をボロボロと吐きながら白目を剥いた巨女は、ストンと両膝を地に突くと尻を天に突き出しながら突っ伏せた。

「おいおい、やるじゃないか」
「なんだあれ…… 鳥の足? エグいな」
「ヴィクターが自宅に保管していた魔装具さ。目玉が飛び出るような額で買取ったらしい。イタル用に、って遺言でね…… チューニングにちょっと時間がかかっちまったけどなかなか良さそうじゃないか」
目を丸くしたゴードンに説明するように、アコがふふんと得意気に答えた。

「シャーロット! シャーロット!? ……んの下郎らが可愛い娘に何してくれとるかーッ! キィーィィイ許さん! アンタ! 殺るよ! アタシらだって曲がった腰がシャキっとするくらいパワーアップしてんだ。おい小娘! お前も行け!」
激高した老婆が腰からキッチンナイフを2本取り出し、渋る老人に1本を握らせた。
「わ、ワシらでやれるんかの……」
「アーッ!? 娘をあんな目に合わされてアンごっ」

老婆の怒声が途絶えた。

「ガミガミキーキーうるさいババアだね…… ソフィア! エリザベスは私とお前で。イタルはそのデカブツにとどめを。お前にゃ言うまでもないがまだ生きてる。ゴードン、アコを守ってやりな。残るひとつの気配が屋敷を離れたようだから注意しな。トレバーは…… 大人しく待機」
20ヤードの精密2連射をいとも容易く成功させたジュディは、硝煙を纏ったリボルバーをホルスターに収めながら矢継ぎ早に指示を出し、駆けた。目指すは、エリザベス。
即死した老夫婦を平然と見下ろしていたエリザベスはゆっくりと顔をあげ、赤い視線をふたたびジュディに固定しながら階段を降り…… 迎え撃つように走った。
15ヤード、10ヤード、3ヤード――
急接近するジュディとエリザベス。
前傾姿勢で突進するジュディの喉元を狙い、躊躇いなく振られる悪魔の手。スライディングで躱したジュディは凍雪の上をザ、ザ、ザと滑り、すれ違いざまに手刀で脛を狙う。足を払われまいと跳躍したエリザベス。その身体を空中で絡め取るように、束になった無数の冬芝が雪面から伸びた。
「捕った!」
ソフィアが叫ぶ。ジュディの真後ろで地面に両掌を突いていた彼女の左眼は、エメラルドグリーンの輝きを放っていた。
「え、ちょっと」
一転して動揺の声を漏らすソフィア。
拘束されたエリザベスが前方へと突き出す悪魔の両手は、ソフィアに届かない―― はずだった。エリザベスの手首から先がズルっと伸びる。大蛇のようにうねりながら迫った両手が爪を立てながらソフィアを掴み、天高く放った。
「ヒャッ!!」
側面にまわったジュディが大蛇をオーガイーターで喰い千切ったのは、悲鳴をあげたソフィアが視界から消えた後だった。

強い風。冷たい風…… 爪に刺された箇所だけが焼けるように熱い。この高さ…… 50ヤードはあるかしら。これじゃ助からないわね。
急上昇したソフィアの身体は、一瞬の停滞を終えて落下へと転じた。
彼女が眼下に見たのは両手を失ったエリザベスと、ソフィアを見上げて叫ぶジュディ。ビュービューと鳴る風の音でその声は届かない。
ま、いっか。エリザベスがまた元気に笑ってくれたらそれで――

迫る地面。ギュッと目を閉じる。

死を覚悟したソフィアは、何者かに抱擁される感覚を覚えた。
ああ、天に召されるのかしら。それとも地獄に引き擦り込まれる?

……落下速度が低下? 錯覚? 私はもう死んでる?

恐る恐るソフィアが薄目を開けると、目の前にトレバーの顔があった。
「お猿さん!」
「あ、暴れチャダメ。ボクの翼は一人用ダから、着地チョット痛いかも…… あト少し、辛抱」
「ありが――」
ッコォォォォン………
離れた位置から轟く銃声。
血飛沫を浴びたソフィアの顔が凍りつく。翼を必死にはためかせ緩やかに降下していたトレバーの顎が弾け、頭の半分が爆発したように飛び散った。
揚力を失ったソフィアは絶命したトレバーの翼に包まれるように残りの20ヤードを落下し…… 地面に叩きつけられた。
「ソフィア!」
「ゴードン待て! 触らない方がいい。背骨や首をやられているかもしれない」
抱えようとしたゴードンをアコが制止する。トレバーを下敷きにして仰向けに倒れたソフィアは、泣きそうな目を二人に向けながら細い声を振り絞った。
「ごめんなさい…… 私は… 平気。エリザベスをお願い」
「動くな。後は俺たちに任せろ。しかしさっきの銃声は――」
「音と入射角からしてあの森の中。狙いはこの猿だね。アタシらを殺る機会はいくらでもあったはず。事実2発目も無い…… もうそこには居ないだろう。さ、早くエリザベスの元へ」
森の奥を凝視していたアコは視線を戻し、ジュディが待つ方向へと駆けた。

「姐さん!」
「さっさと頼むよ。ゴードンは腕を押さえとくれ!」
ジュディが這いつくばるエリザベスの背中に膝を当て、身体の動きを封じる。手首から噴き出す血。止血を考えればフロストブリンガーによる切断凍結が有効だが、それはアコに禁じられていた。
「イイイイイィ!」
奇声を発して暴れるエリザベスの両手首をゴードンが掴む。
「ギ、ギ、ギ!!」
「クソ、血で滑る…… うおっ!」
「チィッ! なんて馬鹿力だい」
エリザベスは押さえつけられた両腕をがむしゃらに引き抜いた。驚異的な力で二人がかりの拘束を振り払った彼女は、遅れてやって来たアコに狂気の眼差しを向ける。
「ちょっちょっちょ!」
飛びかかるエリザベス。急ブレーキをかけて尻餅をついたアコが片手で顔を覆って目を瞑る寸前、目の前を影が走った。
「オ、オ、オ!」
唸りをあげたイタルのタックルがエリザベスの腹を捉え、二人は揉み合うように雪の上を転がった。エリザベスがマウントを取る。イタルがすぐさま下半身をバネに形勢を逆転させ、縦四方固めの体勢に入った。
「ギギ! ギギギ!」
繰り返し噛み付くエリザベス。首筋、肩、喉元。致命傷を受けまいと肩首を振り動かすイタルの顔が歪む。エリザベスの腕から流れ出た血とイタルの首から流れる血が入り混じり、互いの顔面が血で染まる。
「こう暴れてちゃ引き剥がせん!」
「イタル! いったん離れな!」

「ギ! イギギィ…… ギ?」
エリザベスはピタリと動きを止め、1点を凝視した。寄り目になった彼女の眼前で輝きを放つ青い石。イタルの首元から垂れた銀の鎖に繋がれていたのは、かつてエリザベスが渡したブローチだった。
「グ、グググ、ググ…… オ、エ、エ」
両手を突いてエリザベスと顔を合わせたイタルの口がゆっくりと、大きく開かれ――

エ……  エーリィーーザベーースッ!!!!

イタルの絶叫。
水を打ったように全員の動きが止まること数秒――

「お、おい、イタルが喋った… よな。ヤバイんじゃ……」
呆気に取られていたゴードンが我に返り、一気に青ざめる。
「ああ。はっきりと。ただ私たちは ”マズイ状態” にならないようだ。それに」
小さく安堵の溜息を漏らしたジュディがエリザベスを指さす。

「…………イタル、ありがとう」
馬乗りになって見下ろすイタルの頬に、手の無い腕を伸ばし…… エリザベスが微笑む。赤い悪魔の光が失せて正気に戻った彼女の目には、大粒の涙が浮かんでいた。

「エリザベス! 戻ったのか!? よし、よしっ!」
「感動の再会をブチ壊してすまんけど処置が先! ホラ、イタル、アンタもどいたどいた」
ガッツポーズを決めるゴードンを押しのけてアコが前に出る。横たわったエリザベスの傍らに片膝を突き、赤く染まった雪の上に置いたジェラルミンケースのロックを外す。アコが中から取り出したのは、溶液とともにパックされた ”エリザベスの左手” 。
「初めまして。いや暴走中の記憶はあるのかな? ……アタシはアコ。今からアンタの手を接合する。チョット痛いけどいい子にしてておくれ。まずは左から」
覗き込まれたエリザベスは素直に頷き、左腕を差し出す。
アコは「よし」と呟きながらパックの封を切り、左腕の切断面に左手をあてがうと医療用のタッカーを何本も打って固定させた。続けてケースから取り出しのは、金属製の注射筒。慎重に手首に押し当てる。
「で、コイツを注入―― コイツがアンタの手を見事に治してくれる。これはね…… ヴィクターがこのために保管しておいた貴重な残り物なんだ。感謝しな」
プシュッ! と音を立てながら薬液とともにナノマシンが注入されたことを確認したアコは、続けて右手の処置に取り掛かった。

「やったな…… やったよ。俺たち、やったんだよな。よし…… ソフィアの様子を見てくるよ」
成功を噛み締めるように繰り返し頷いていたゴードンが向き直る。その肩をジュディが掴んだ。
「待ちな。掃除が残ってる」
「え?」
ジュディの声に呼応するように、イタルが立ち上がった。
二人が顔を向けた先を追ったゴードンは「ああ…」と落胆の表情で肩を落とす。
15ヤードほど先。
頭をブンブンと振りながら起き上がった巨女が、こちらまで届くような荒い息を吐きながら突進してきた。
「イタル。お前の獲物だが…… さっさと片付けたい。それにその足。あと1発2発が限界だろ」
ジュディの意図を察したイタルが無言で頷く。
「なんだ、さっき喋ったのはまぐれかい? ……まあいい」
外套を翻して獲物を正面に見据えたジュディが、そしてその真後ろについたイタルが、同時に雪上を駆ける。
ブララアアァァ!
バチンッ!
巨女は突進の勢いそのまま、眼下に飛来した羽虫を潰すように分厚い両手を叩き合わせた。
ジュディは地面すれすれまで身を屈め、風圧と轟音を頭上に浴びながら両足の間を転がり抜ける。
アーッ!? バルッルマ、ママーッ!!
股への縦一閃が決まっていた。
激痛に顔を歪めながら内股でよろめき、凍てつく股座を両手で押さえうずくまる巨女。
示し合わせていたかのようにジュディの背後で大跳躍していたイタルが全身を丸め、車輪の如く前方宙返りを繰り返し―― 脳天踵落とし!
「マンッガッ、グェ」
舌を噛んだ巨女の顔面が地面を抉った。

「そんじゃ、いただこうかね」
身を起こし、サラリと言うジュディ。仕上げを任せたイタルは後ろに退がる。
両拳のオーガイーターをガチガチと突き合せながら、うつ伏せに倒れた巨体の上を歩く。尻、腰、背中、肩…… 首元で足を止めたジュディは、無防備に晒された延髄に狙いを定め――

バツンッ!

「はい、ごちそうさん」

第6話・完

【#24(第7話)に続く】



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