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フィールドワーク先が決まるまで・決まった後にやるべきこと——共創プロジェクト「多彩な文化のむすびかた」(2)

こんにちは、KOELの稲生です。
前回の記事では、KOELのビジョンデザインの3年間の取り組みを振り返りつつ、今年のテーマ「多彩な文化のむすびかた」とプロジェクトの大まかな流れについてご紹介しました。

今回から4回に渡って、フィールドワークの準備や内容、フィールドワークで発見したことなどをお届けします。この記事では、前回の記事の最後でお話しした「多文化共生」というテーマだからこそ感じた難しさの部分を乗り越えるために「フィールドワークの準備で行ったこと」についてお届けします。

一般的に現地に赴いてフィールドワークを行える機会はそこまで多くないと思いますし、具体的にどんなことをしているのか気になる方も多いのではないでしょうか。今回は「多彩な文化のむすびかた」におけるフィールドワークに向けた準備を流れに沿って解説します。


そもそも「多文化が共生している状態」とは?

今回のリサーチのテーマは「多彩な文化のむすびかた 〜多文化共生の仕組みとは何か、多様な人々が交流する地域を辿り、構想する〜」
神戸市長田区という地域でフィールドワークを行い、地域の一員となって自活している外国人の方や、彼らを受け入れて共に暮らすための取り組みをされている日本人の方々のお話を伺うことにより、「多彩な文化のむすびかた」について探索しました。

しかし前回お話しした通り、今回は神戸市長田区に決まるまで、フィールドワーク先の選定に苦戦しました。その理由として、過去のテーマと比較して「多文化共生」というテーマが複雑だったことにあります。世界全体で見ても国の制度や政策の方針によって多文化共生の進み方や捉え方が違います。また「外国人」と言っても、そこには難民や留学生や技能実習生、高度人材など幅広い方が含まれています。さらに、現在行われている多文化共生を目指す取り組みも、「アートと多文化共生」など方法としての実践や、地域での草の根的な実践など様々です。

だからといって闇雲にフィールドワーク先を決めてもそこで必ず何かが見つかるというものではありません。その場で何を見たいかを明確に持ち、仮説を立てた上で赴かなければ、結局何も持って帰ることができなかった、となりかねません。
そもそもどのような状態が「私たちにとって理想的な、多文化が共生している状態」と言えるのだろう?——そこでまずフィールドワーク先を決める前に、メンバー内でもバラバラだった「我々が思い描く多文化共生のありたい姿はなんなのか」「多文化共生のどの部分を見たいのか」を合わせていく必要がありました。

一筋縄では行かないフィールドワークの準備

それでは、フィールドワークで現地に赴くまでのステップを時系列でお話ししていこうと思います。

  1. テーマに対する理解を深め、仮説を立てる

  2. フィールドワーク先を決定し、そこで何を見たいのかを定める

  3. フィールドワーク先の情報を集める

1.テーマに対する理解を深め、初期視点をつくる

まずは我々が考える「多文化共生のありたい姿」をイメージできるようにするため、多文化共生に関する基礎知識や国内外の様々な取り組みをリサーチすることから始めました。

リサーチにあたって、多文化共生の分野に詳しいリ・パブリックのメンバーの方々に紹介していただいた10冊以上の参考文献をメンバーで手分けして読み、内容のサマリーを共有したり、官公庁が出している資料や国の制度・法律を読み解いて「現在の日本でどこまで多文化共生が進んでいるか」を確認しました。

特に参考にしたのが「芝園団地に住んでいます」という書籍です。この書籍では、ひとりの日本人住民の芝園団地での暮らしの記録が書かれています。

埼玉県川口市の芝園団地の住民の割合は半数あまりが外国人、そのほとんどを中国人が占めています。日本人の高齢者と外国人の若者という、国だけでなく年代も違う住民たちがどのように共に暮らしていくのか。まさに日本がこれから直面する少子高齢化・多文化社会を先駆けて体験している団地でした。また、高齢者だけの社会となるとその地域の文化継承が困難になってくる、ということもこの書籍から得られた気づきでした。地域の文化の継承を外国人の若者にも協力してもらう必要が出てくるのです。

さらに複数の書籍や資料から、「インターカルチュラリズム」という概念を知りました。「中心文化とマイノリティの文化が互いを尊重しながら交流することによって、一つの新しい文化を築きあげていこう」という考え方です。

これらのリサーチをもとにして、KOELとしての「多文化が共生している姿」を
「日本人と、日本国外からの移住民の間で共通文化を構築すること。文化や生活が混ざって、最適化されること。」
と仮定しました。

実は「多文化が共生している姿」が自分ごととしてイメージできるようになったきっかけがありました。それはメンバーの1人からぽろっと出た「麻婆の入ったおせち」という言葉です。「おせち」という文化そのまま全てを外国人に押し付けるのではなく、「正月に親しい人と一緒に、御重に入った食事を食べる」という文化の根幹、大切にしたい部分を残しながら、「麻婆豆腐を入れたい」という異なる文化が混ざり合うことを許容する。これが多文化が共生している状態の一例なのではないか、と腹落ちすることができました。

2.フィールドワーク先を決定し、そこで何を見たいのかを定める

メンバー共通の「多文化共生のありたい姿」ができあがり、ゴールの仮説を持つことができました。次は、「このゴールに向けて、フィールドワーク先で我々は何を見たいのか」を考えていく必要があります。

「日本人と様々な国から日本に移住してきた方々の間で共通文化を構築する」ために必要なものとは何か。芝園団地の事例や他国が進める施策などから、相互交流=異文化の橋渡しをする「ブリッジ」が必要なのでは、と考えました。そこでフィールドワークでは、「異なる価値観を持つ人が交わり、新しい文化を作っていく時のブリッジとなる仕組みはどんなものがあるのかを見に行きたい」と決めました。

この考えをもとにリ・パブリックさんとディスカッションしたところ、全国的に見ても人口を占める外国人割合の高い地域として兵庫県神戸市長田区がフィールドワーク先の候補に上がってきました。長田区は、戦前から移り住み現在3,4世の世代がメインとなっている在日朝鮮韓国人の方、ベトナムなどの難民の方、実習生・留学生など、多様な文化・背景をもった外国人の方が住んでいます。またそんな多様な人々と共に阪神・淡路大震災から復興を遂げた街であり、文化的な構造が大変興味深い街です。最終的に、今年のフィールドワーク先は長田に決定しました。

3.フィールドワーク先の情報を集める

ここからようやくフィールドワーク先の具体的な情報を調べることになります。フィールドワークは時間が限られています。フィールドワーク終了後に聞き残しに気づくことがないように事前に調べられることは調べておきます。ここでは、事前リサーチをする際に個人的に気をつけていることをご紹介します。

地域の全体感を掴むために、フィールドワーク先のテーマに関する情報を広く調べる
まず長田の訪問先や話を伺いたい方の候補を広く出し、フィールドワーク先で知りたいことがお聞きできそうかあたりをつけました。今回は長田区が行政として多文化共生にどのように取り組んでいるのか、市民団体や地域コミュニティ、個人の多文化共生への向き合い方や取り組みをリサーチすることから始めました。

訪問先やお話を聞く方の基本情報を調べる
訪問候補地がある程度決まったら、それぞれの候補地をどんな視点で見ていくのか、どんなことを知るためにその候補地にいくのかをまとめます。複数の訪問先から各地域の特徴や候補地間の差異を見つけられるとリサーチに厚みが出ます。行き先の情報、話をお聞きする方のプロフィールは必ず調べます。
さらにインタビュー相手の背景を事前に理解をしておくことが非常に重要です。インタビュー内で当たり前のことを聞いたり、話が合わないことで不信感を抱かせないようにします。
今回の場合、外国人の方にお話を伺うにあたり、在留資格の種類や更新に関する知識を事前に理解しておく必要がありました。インタビューは知識を教えてもらうのではなく、デスクリサーチでは触れられない一次情報を手に入れることに意味があります。

土地の基本情報は押さえておく
また、フィールドワーク先の地域全体の情報も調べておきます。土地の人口や産業などの基本情報は調べておきます。この情報は、お話の内容を多面的に捉えるための材料となります。

似た取り組みをしている地域・国の事例を調べる
長田区のリサーチと並行して、その他の国・地域の多文化共生の事例も調べました。他の事例から逆に「長田区にこんな事例がないか?」を探すことができます。加えて具体的に思い浮かべられる事例が多くなるとフィールドワーク先をどんな視点で見るのか、チーム全体で理解を合わせる手助けになります。

テーマに関するメインのトピック、法律、制度等は押さえておく
テーマへの理解を深める際のリサーチで触れていましたが、テーマに関する領域の中で常識とされていることや最先端の事例などを、記事や書籍、論文を通して学んでおく必要があります。また、その領域に関する法律や制度、公的な取り組みを知っておくことは、その領域の全体感を掴むのに役立ちます。

見にいく前でも一次情報に触れられる機会は積極的に活用する
今回は加えて、フィールドワーク前に神戸市役所の方へのインタビューをさせていただきました。事前に神戸市の歴史的背景や現地の人しか知らない街の構造など、貴重な一次情報に触れることができました。こういった機会を積極的に活用することで、フィールドワーク先で得られる情報がさらに濃いものになります。

こうしたリサーチをもとにインタビューガイドやしおりを作成し、フィールドワーク中常に持ち歩けるように準備しました。
万全な準備をしても、ベテランリサーチャーでさえ現場では緊張するほどです。フィールドワークは限られた貴重な機会だからこそ、準備を念入りにして挑みます。

実際の生活者をみることの意義

KOELではフィールドワークを通じて実際のユーザーや生活者の生の声を聞いたり暮らしを観察する機会が多々あり、その都度フィールドワークに向けてこのような準備を行っています。机上の空論にならないよう、実際の生活者の声、コミュニティの現実を代弁することがデザイナーの大切な役割の一つだと考えているからです。
以前フィールドワークについて取り上げた記事では準備からフィールドワーク当日の心得が体系的にまとまっています。

フィールドワークをやることになったがどう準備していいかわからない、ゼロからフィールドワークをやってみたい、と思っている方はぜひこの記事と合わせてご覧ください。

この記事で少しでもフィールドワークのリアルな準備の様子とKOELのリサーチプロジェクトの雰囲気が伝わったら嬉しいです。

次回は、そんな万全の準備を行ったフィールドワークの内容をお届けします。お楽しみに!

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