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365日目



彼は何もない真っ暗な空間に横たわっていた。

上も下も真っ暗、真っ黒で、何もない。

彼はそのように認識していて、ただ、その空間に己が存在しているということを感じていた。

体を動かして、歩くことだって出来る。

止まったり歩いたりを繰り返しながら彼はその空間にいる。


ある時、足元に何かがちらついて彼は足を止めた。

足下に白い点のようなものがある。

彼は不思議そうに首を傾げ、その点をもっとよく見ようとして覗き込む。

よく注意して覗き込むと、彼の前にある映像が広がる。

世界が広がる。

彼はよく知らない誰かの世界に入り込んでしまったようだ。

でもそれは直ぐに消え、またもとの暗くて黒い空間に戻る。

何だったのか、と彼は不思議に思う。

そうして首をかしげていると足下にまた一つ、今度は紅い点が出来ている。

彼はまた覗き込む。

そして先程と同じように映像が広がり、世界が現れる。

先程とは違う世界だ。

程なく、彼はまたもとの空間に戻る。

そしてまた新たな点、今度は黄色が出来ている。

彼はそれを繰り返す。


繰り返し続け、どこに新しい点があるのかわからなくなったころ、息を吐いて上を見る。

上には黒い空間が広がっている。

下には白、黄、赤、紅、青、緑、紫……他にも様々な色の点が存在していた。

そしてそれは、それぞれが光っている。

その光で彼のいる空間は暗闇だけではなくなった。

足下はキラキラと光り輝いている。

これは、なんだったか、と頭の隅にある言葉を思い出そうとする。

覗き込んだ世界で聞いた言葉。

知った言葉。


『星』


そうだ、これは星、だ。

彼がそう気がついたとき、少し遠くの方に台座のようなものが見え近づいた。

そこには紙とペンがあった。

彼はもう一度、足元に広がっている星々を見て、あることを思った。

彼は紙とペンに目をやる。

そして考える。

自分なら覗き込んだ世界にいた彼等のことをどう書くのだろうか、と。


例えばあのろうそくの話をした彼。

彼は家が燃えてしまい亡くなってしまった。

でももし、彼の家が燃えなければ彼はどんな人生を、物語を紡ぐのだろう、と。

そして薄氷を割る彼から、あの気持ちを取り除いたとしたら彼はどんな人間になるのだろうか、と。

テレパスやヒーラー、サイコメトリーも違った世界でなら平穏に暮らせたのではないか、と。

ブルシッドへの解答はあれで本当に良かったのか、と。


彼は恐る恐るペンを取り紙に文字を書いていく。

もちろん文字は覗き込んだ世界で見たものを真似している。

書き順もよくわかっていない文字を彼は書いていく。

紙にペンを走らせる音が空間に響く。


彼が目覚めた時には、なにもなかった空間に光と音が広がっている。

その変化に彼は気がついていない。

彼は黙々とペンを走らせる。

初めての話を書きあげるのに、どのくらい時間を費やしたのか彼にはわからない。

ただ、彼がひとつ書き終えた時。

上にある暗くて黒い空間に、ひとつ白い点が現れた。


そしてそれを覗き込む別の存在が居ることを、彼は知らない。


そしてその別の存在も『星』が増えていく現象の原因を知らないのだった。






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