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嫌なことは起きた



頭痛持ちの彼女は今日もまた、右のこめかみに手を当てていた。


あー、なーんか嫌なことが起きそうな予感がするわ


頭痛がすると彼女はいつもそう言う。

そう、誰かにプログラムされているかのようだ。

ちらりとこちらを見た彼女と目が合ってしまい、僕はさっと目を逸らす。

彼女は、キィっと音をたてて椅子を僕のいる方に回転させた。


ねぇ


経験上、これから彼女の言うことには反応しない方が良いことがわかった。

彼女が続きを話し始める前に僕は椅子から立ち上がり、部屋から出て行こうと扉へ向かう。


ねぇってば!


僕の背中に言葉が刺さる。

一瞬動きを止めてしまったのが運の尽きだ。


聞こえてるわよね?

無視しないでもらっていいかしら?


相変わらず聞こえないふりをして僕は扉に手を伸ばす。


そう、あくまでも無視を決め込むってわけね


軽いため息が耳に届く。


外に行くなら、ついでに薬局で頭痛薬を買ってきてもらえる?

私がどの頭痛薬を使ってるかは言わなくてもわかるわよね?

いつも切れちゃったときに頼んでるから、わからないわけないわよね?

それじゃ、お願いね


こちらの返答を聞く前に彼女は話を終わらせた。

そして先程と同じ椅子の回る音がした。







僕は部屋から出ると扉にもたれかかって、大きくひとつため息を吐く。

なんだかんだ、彼女の術中にはまってしまった気がしたからだ。

そもそも彼女の頭痛薬はまだまだ残っているはずなのだ。

あの机の上から二番目の引き出しに。

絶対にまだ一箱は残っているはずだ。

それなのになぜまた買ってきてなどと言ったのかは、単純に僕が無視したことが気に食わなかったからだろう。


めんどくさい……


ついつい口から本音が漏れる。

廊下を歩いている人々が、そんな僕を横目に通り過ぎて行く。

またいつものあれか、などと思われていることだろう。

そうですよ、またいつものあれですよ、と心の中で愚痴る。

腕時計に目をやり、どうせなら三時間後に戻ってやろうと決め、歩き出す。

そういえば同期のあいつが面白いことをしていると噂で聞いた。

何をしているのか見に行って時間を潰そうと思い立ち、進んでいた方向とは真逆の方向にある部屋に向かう。

数十歩ほど進んで立ち止まり、また来た道を戻る。

先に薬局に行って頭痛薬を買わなければならない。

というのも彼女のいる部屋に戻ったとき、頭痛薬がないと小一時間文句を言われ続けることになるからだ。

そのめんどくささは回避したい。


僕は歩きながらもう一度大きくため息を吐く。


そしてその様子をまた、すれ違う人々は憐みのこもった目で見ていくのだった。







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