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病室の風景

このたび2度目の入院、手術を受けて週末退院した。昨年末1ヶ月余りの入院生活に比べれば短い1週間。

出血があるので頭痛や体の怠さはあるけれど、まあまあ本も読めるし昨年よりはまし。と、あの精神的にも辛かった1ヶ月とつい比較してしまう。

「熱が38.5を上回ったら退院は見送りましょう」との主治医の説明に焦る。看護師さんが体温を測りに来るたびにドキドキする。

今回は2人部屋、90近い高齢の女性と同じ部屋だった。
彼女は一日の大半をビーズを使って絵を描いている。右手でニードルを持ち、小さくキラキラ光るビーズを布に貼り付けていく。
美しい猫の姿が浮かび上がってきて、思わず「凄いですね」と声を掛けると私を見て微笑んだ。

「綺麗でしょ。ずっと入院してるからね、たくさん作ったのよ」
こんな小さなビーズが見えるんだ〜と思っていたら、みんなに同じことを言われるのか「私、裸眼で1.5あるからね」と続ける。

矯正視力でも敵わない近視なので、もうそれだけで驚いて眺めていると、いつのまにかご主人がいらしていたようで、病室の外から彼女の名前を呼んだ。

今、病院はコロナで面会が出来ない所が多いけれど、ここは短時間だったらナースステーション前で許されている。たまたま私達の病室がナースステーション前の面会場に接しているのだ。

長身なおじい様でかっこいい。しいて言えばマッツ・ミケルセンのような雰囲気。
低音の柔らかな声で「〇〇さん、もうそんなにできたの?あまり無理しないようにね。頼まれていた品持ってきたよ」
「あら、ありがとう」

しばらくおふたりで言葉を交わしたあと、「じゃあまた来るね。皆さんよろしくお願いします」と看護師さん達に声をかけて帰っていかれた。

なんなんだ、この素敵ご夫婦は!
「ご主人さま素敵なかたですねぇ〜優しそう」と少々興奮気味に彼女に言うと、にっこり笑って「そうね」と静かに相槌をうたれる。「料理も得意でね、私、お料理したことないのよ」と。
うわぁ〜本気で羨まし過ぎる!と心底感心して、馴れ初めや若き日のお仕事などの話で盛り上がる。
どの話もとても素敵なエピソードで、小説を読んでいるかのように楽しく夫婦仲の良さが伺われる。

そして彼女は微笑んだまま最後にぽつりと呟いた。
「でもね、あの人、浮気するのよ」と。

最後に頭を殴られたかのような衝撃。
まるでリアル江國香織作品の世界ではないか.....

ふらふらと自分のベッドに戻る。熱が上がらないといいなと額に手をあてながら。

退院の日、彼女にお礼の挨拶をして病室をあとにした。「でも私たちは喧嘩をしたことがないのよ」という話の締めくくりの余韻を抱えたまま。

入院するたびに同室になった方と共有する風景は様々だ。お互いの人生を垣間見るひととき。
おそらくは二度と会わない人達だけれど、お元気でいるかなぁと時折彼女達のことを思い出している。

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