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日本語教育の内容と方法の論じ方について② ─ 学習段階の解釈について

 「論じ方について①」で、第二言語の習得と習得支援についての考え方を企画・計画書に含めるべきとの議論をしました。また、さらりと日本語力ということも言いました。
 日本語技量(Japanese language capacity)、あるいはシンプルに日本語力というのは、どのような知識や技能などがその基盤にあるにせよ、たどたどしく話す状況や語の形式や文の整序性などに問題がある状況や相手の言うことがわからないで何度も聞き返す状況なども含めて、日本語で言語活動に従事する総体としての能力を指します。日本語の教育というのは、学習者における日本語の上達を支援し促進する営みなので、シンプルに言うと、日本語力を育成する営み、あるいは日本語力を強化し増強する営みとなります。
 言語能力の構成要素として一般に、言語コンピテンス、社会言語的コンピテンス、談話コンピテンス、ストラテジーコンピテンスという4つのコンピテンスが挙げられます。そして、その4つのコンピテンスの下にさらにさまざまな事項が列挙されるわけですが、コンピテンスというのはいずれにせよ言語ユーザーが言語活動に従事するときに参照する知識です。それに対し、言語技量(language capacity)あるいは日本語技量はコンピテンスを参照して言語活動を実際に運営する能力となります(西口, 2020, p.15、Widdowson, 1983, p.11)。言語技量に基づく言語活動の運営には、円滑な運営も含まれますし、円滑でない運営や形式が十分に整序されていない運営も含みます。
 日本語の習得/上達というのは、すでに育成された言語技量を現下の基盤としてそれに基づいて、時に不完全ながらも言語活動に従事しつつ、言語技量をアップグレードすることです。それは、多面的で、多元的で、輻輳的で、累進的な過程です。そして、プロフェッショナルな日本語の支援者/促進者=教師は、多面性、多元性、輻輳性をそのまま維持しながら、学習者が言語技量をアップグレードできる環境と「養分」と支援を提供します。従来の構造的アプローチのように個々の言語事項を採り上げて各々を取り立てて教えるという教育の企画・計画では、授業実践でそうした環境等を提供することはできないでしょう。
 このセクションでは、表現活動中心の日本語教育(以降では、短く表現活動の日本語教育とする、西口, 2020)の場合を例として、学習段階の解釈について論じたいと思います。
*書記日本語の指導も各段階で行うのですが、話が複雑になってしまうので、それには触れないことにします。表現活動の日本語教育全体のねらいと目標についてはhttps://note.com/koichinishi/n/n7246bb383b68?magazine_key=m598de02dcf33 を参照してください。

1.表現活動の日本語教育
 表現活動の日本語教育とは、表現活動を中心として口頭と書記の両モードで日本語の基礎力を育成する教育課程です。表現活動の日本語教育で言う表現活動とは、実質のある内容について話したり、聞いて理解したり、相互行為(会話)したりすること、及び、同じく実質のある内容について読んだり、書いたりすることです。つまり、表現活動の日本語教育は、産出活動(話すことと書くこと)に限られるものではなく、むしろ「実質のある内容について」の部分に注目して行われる日本語教育です。
 表現活動の日本語教育は必ず集中教育として行われるというわけではありませんが、教育の「量」を示すための便宜として、ここでは週に20時間程度の授業が実施される集中教育を想定して話します。そして、同教育の基礎段階(いわゆる初級段階におおむね相当する)の前半部に当たる、日本語初習から基礎前半までの約7週間の教育について話します。

2.各学習段階の解釈
2-1 入門初期 ─ スタートから2週間(教科書NEJに準じて言うとユニット3間で)
(1) 概要
 学習内容としていうと、まず最初に、日本語の音節(要は50音)から始めて、日本語の基本的な音節文字(要はひらがな)の紹介と練習(描き方の練習と音との照合の練習)をして、場合によっては特殊音とそのひらがな表記*なども紹介して練習します。そして、自身の名前や国名を日本語らしい発音法で言えることを重要な習得目標としながら、自己紹介を内容としたユニット1に入ります。実際には、教室に登場した先生はそれぞれ自身の自己紹介をし、学生にも自己紹介をさせているので、ユニット1に入るころには、学生たちはユニット1の目標の8割方は達成していますが。
*この段階で特殊音とそのひらがな表記まで学習内容とするのが適当かどうかは議論の余地があると思います。
 表現活動の日本語教育では、続くユニット2は、「〜は〜です」のパターンのみで(写真を見せながら)簡単に家族の紹介をするという学習課題となっています。そして、ユニット3は、外来語を多用しながら、好きな物(食べ物や飲み物など)や好きなこと(いろいろなスポーツや音楽など)について話すユニットとなっています。
 入門初期の最初期には、上の他に、NEJ(くろしお出版)のxviiからxixまでの3ページをPPTで見せながら、日本語という言語の概略の紹介をします。
(2) 解釈
 各ユニットの学習内容に関連した日本語技量を身につけることのほかに、この入門初期で各ユニットや各授業を横断する形で達成しなければならない重要な目標は以下のようなものとなります。

1.音声日本語の基礎技能として
・日本語の5つの母音を適切に言うことができる。
・日本語の50音を閉鎖子音や摩擦子音が緩いという特徴を含めて適切に言うことができる。
・拗音を含む音節を適切に言うことができる。
・促音、長音、拗長音を含む語を適切に言うことができる。
起伏、頭高、平板という3つのアクセントパターンで50音の各列を言うことができる。
2.書記日本語の基礎技能として
・ひらがなをそれと認識することができる。
・ひらがなをそれと認識できるように描くことができる。
ひらがなで書かれた学習語彙を口頭で言うことができる。
拗音、促音、長音、拗長音を含まない語を適切なひらがなを使って書くことができる。
・カタカナをそれと認識することができる。
・カタカナをそれと認識できるように描くことができる。
・カタカナで書かれた学習語彙を口頭で言うことができる。
・拗音、促音、長音、拗長音を含まないカタカナ語等を適切なカタカナを使って書くことができる。
3.「日本語の入り口」としてのカタカナ語
 「日本語の入り口」として多種多様なカタカナ語を、日本語の発音で適切に言うことができる。

 これらの中でも特に留意するべき事項は太字の事項です。そして、言うまでもなく、それらの事項も独立的ではなく、相互に関連しています。あるいは、別の言い方をすると、相互に関連した形で指導しなければなりません。
 太字の事項が達成されれば、この入門初期の目標の重要部分は達成できたことになります。逆に言うと、それらが達成できないと、その後の学習の基盤となる部分を形成できないで次の学習段階に入ってしまうことになり、次の学習段階でさまざまな「支障」を来します。 

2-2 入門後期 ─ 3週間目から4週間目(教科書NEJに準じて言うと、ユニット4からユニット7まで)
(1) 概要
 表現活動の日本語教育では、日本語初習からユニット7までを入門期とし、動詞の活用がない世界で入門的な日本語力を堅実に育成する時期としています。「自身のこと、家族のこと、好きなもの・好きなこと、わたしの一日、週末したこと、外出、買い物などについて、話すこと、聞いて理解すること、会話することができる」というのがこの入門期の目標となります。入門後期は、そうした入門期の実質的な段階となります。
(2) 解釈
 動詞の表現については「〜ます」「〜ました」「〜ません」「〜ませんでした」の表現に限定しつつ上のような話題について多種多様なことが豊かに表現できるようになることがこの段階の重要目標です。話の実質的な中身を伝える名詞と、どうした」に当たる動詞が最も重要部分となります。形容詞はその名の通り名詞を飾る語として、また副詞は頻度などを表す語として、次に重要になります。形容詞の文については、この段階での上のような話題をめぐる日本語活動ということを考えると、「〜です」「〜かったです」「〜くないです」「〜くなかったです」(イ形容詞の場合)や「〜です」「〜でした」「〜ではありません」「〜ではありませんでした」(ナ形容詞の場合)をすべて言わせようとするのではなく、「〜です」「〜かったです」(イ形容詞の場合、例えば「おいしいです」「おいしかったです」)や「〜です」「〜でした」(ナ形容詞の場合。例えば「親切です」「親切でした」)に集中するのが、適切でうまい判断だと思います。(形容詞の否定の形(否定と否定過去)はこの段階でできていなくても、その後の学習に大きな支障はありませんし、その後に手当てすることができます。)
 各種の格助詞を適切に使えることもこの段階の習得目標として重要ですが、格助詞に課題が残ってもその後に手当てができるので、大きな問題ではありません。この時期は、むしろ、多少格助詞を間違えたとしても、関連の語彙を駆使して話題について多種多様なことが豊かに表現できるようになることが重要です。要は、文法の習得よりも語彙の習得のほうが重要だということです。カタカナ語をたくさん学習することで表現活動を豊かにするという点は、入門期と同様です。
 そのような基盤が形成されてこそ、次の「動詞の活用がある世界」での学習を順調に進めることができます。
 ちなみに、この入門後期の最後のユニットでは、「〜ますか」「〜ませんか」「〜ましょうか」「〜ましょう」というような表現で、物を勧めたり、誘ったり、助力を申し出たりなどができることも学習します。

2-3 基礎前期 ─ 5週目から7週目(教科書NEJに準じて言うと、ユニット8からユニット12まで)
 ここでは、基礎日本語教育の前半部から入門期を除いた段階を基礎前期と呼ぶことにします。
(1) 概要
 入門期で形成された日本語力の上に、この学習段階では、「家族、これまでの経験と今したいこと、きまり、いそがしい毎日とたいへんな仕事、週末の過ごし方、気をつけること、などについて、話すこと、聞いて理解すること、会話することができる」ということが学習目標となります。そして、そうした話題の中で、以下のような表現文型を学ぶこととなります。

□ 基礎前期で学ぶ表現文型
・〜ています(テ形初出)
・〜たことがあります/ありません(タ形初出)
・〜てもいいです、〜てはいけません
・〜てください
・〜しないでください(動名詞に限る)
・〜なければなりません(ナイ形初出)
・〜(し)ないでください
・〜たり〜たりします
・〜たほうがいいです、〜(し)ないほうがいいです

(2) 解釈
 この段階になると、ひらがなやカタカナの読み書きはかなりの程度できるようになっていることが期待されます。ですから、上のような表現文型も、口頭言語としてだけでなく書記言語の形態でも学ぶことができます。
 この段階では、引き続き話題を中心としながら、表現文型とそれに適切に前接する動詞として各種の表現を学ぶことになります。動詞の活用を取り立てて教えるのではなく、各表現文型に前接する形として文型に接続した形で習得するのが有効です。

3.むすび
 「論じ方について①」で、第二言語の習得と習得支援についての考え方ということに言及しましたが、実はその内実は、このセクションで例として書いたような各学習段階の解釈です。
 このように、日本語技量を堅実に育成していくという当該の教育の目標、このセクションの例では表現活動の日本語教育の目標を順調に達成していくためには、目標に至る各段階での教育に関して、各々の学習段階のユニット横断的な趣旨あるいは解釈を教師間で共有しておく必要があります。そういうことがないと、ややもすると、各教師は自身の授業に配当されたナラティブ(ユニットの話題をめぐる学習のプラットホームとなる本文)で提示されている文型・文法事項や語彙などの習得ばかりに集中してしまうということになってしまいます。
 端的にいうと、学習者の日本語力を総合的に強化し拡充するのが授業担当のすべての教師の責任だということです。


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