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2022年4月号羅針盤 第二言語教育の「常識」 ─ 基礎日本語教育を考える(9)

 前回は、「プランの役割、リソースの役割、学習者の役割、教授者の役割」というテーマで話しました。それで、習得支援あるいは教育の構想に関する議論の中心部は終わりです。そして、今回は、教育の重要な要素である評価について話します。以下のような目次です。

6.評価をめぐって
6-1 さまざまな種類の評価
6-2 言語教育における本来の評価

6-1 さまざまな種類の評価
 ここでは、教育を担当する立場にある者の評価についてのみ話したいと思います。

(1) 成績評価
 はじめに、重要なものであり、実際に教師になったときに実施が迫られることでありながら、一般的な評価の議論ではしばしば忘れられがちなことについて話します。それは、成績評価です。正式な教育の場合は、制度的にとにかく成績評価が求められます。例えば、大学の場合は、通常は100点満点で成績を出すことになります。成績評価というのは、その名の通り「成績」つまり個々の学生がどれほど「よくできたか」の評価です。一般的には、60点以上が合格となります。(合格の中で、80点以上がA、70点以上がB、60点以上がCなどと評定がつくことも多いです。)
 日本語教育の場合の成績評価は、いわゆる期末テスト、つまり最終的に、コースの目標と照らし合わせて「どれくらいできるようになっているか」だけで成績をつけるということは少ないです。学期最後に日本語能力試験(あるいはそれ相等のもの)を実施してその成績を評価とするのは、「コースの目標と照らし合わせて」が成績評価なので、日本語能力試験の内容をコースの目標としている場合以外は、適切ではありません。
 一般的には、各課毎の小テスト、学期中何回かの作文課題、授業中のパフォーマンス、そして、筆記テストと口頭テストからなる中間テストと期末テスト、そうした評価項目とその比重をあらかじめ決めて、学期始めの最初の授業時のオリエンテーションで学生に知らせます。そして、教師はその評価式に則って評価をします。
 筆者も含めてたぶん多くの人は、他の人を「評価する」なんてことはできればしたくないだろうと思います。しかし、「正式な教師」になってしまうと、正式なカリキュラムの中では成績評価は避けて通ることはできません。それで、成績評価の場合に重要なのは2点です。一つは、公正であること。もう一つは、できるだけ「有効な学習」を促進することです。
 まずは、公正、について。公正さの要素は2つです。評価基準が明確であること、そして、あらかじめ知らせることです。これらについてはすでに上に書きました。つまり、評価式を明示すること、そして、学期始めの最初の授業時のオリエンテーションで、その評価式を説明することです。
 「有効な学習」を促進することが、もう一つです。成績評価というのは、言ってみれば、学生に「ポイントをゲットしてもらう」ことです。小テストでいい点を取ったら「ポイントをゲットできる」、作文を書いて提出したらかならず「ポイントをゲットする」ことができて、その作文の評価が良ければさらに「ポイントを稼ぐ」ことができる。また、与えられた口頭試験の話題についてしっかりと準備してその話題についてうまく話せたらまた「ポイントをゲットできる」、というふうにすればいいわけです。中間テストや期末テストでも同様です。端的にいうと、成績評価の基準は「ポイントをゲットできる」ように勉強を促進するものがいいです。そして、大いに重要なのは、その評価対象となる課題を遂行する学習活動が日本語の上達に資することでなければなりません。何をどのように勉強したらいいのかわからない(成績)評価は、ひどい評価法だと言わなければなりません。

(2) 総括的評価
 コースの終了時に、所期の目標をどれくらいの学生たちがどの程度達成できたかを知るための評価です。これは、カリキュラム開発の観点から言うと、企画されたカリキュラムと教師のteachingがどれほど有効に学生たちの目標達成に貢献できたかという意味で、教師側のカリキュラムとteachingの反省材料として行われます。ただ、そうした評価の結果は、個々の学生にとっては自身がコース目標をどれほど達成できたかの指標となります。

(3) 形成的評価
 形成的評価とは、コース途上で行われる、一つのユニットの目標やコースのそこまでの目標が順調に達成できているかを点検する評価です。カリキュラム企画者や教師は、形成的評価の結果に基づいてカリキュラムの修正をしたり、必要な補充的な指導を組み込んだりします。また、学生個々の形成的評価に基づいて、個々の学生に必要な補習を行うこともあります。

(4) 能力証明のための評価
 能力証明のための評価とは、当該の学生が、日本語がどれほどできるかの評価です。能力証明のための評価としてもっとも一般的なものは標準テストを受験してその成績を提出するというものです。日本語教育では、周知のように、日本語能力試験が最も広く使われています。また、日本語能力試験が受験できない場合などでは、例えば「日本語能力試験のN2相等」というような表現で評価結果が示されます。

6-2 言語教育における本来の評価
 上の(2)と(3)は、カリキュラムや実際のteachingを改善するための評価です。これは、重要な「本来の評価」だと思います。
 (3)は、ある種、診断テストを兼ねているわけですが、診断テストを実施して「しっぱなし」にしないで、診断テスト後のリメディアル(治療的)な補習を実施することが重要です。そして、そのためには、形成的なテスト(診断テスト)を作成するときに「この部分ができない学生は赫々然々の補習が必要!」くらいの目安をつけておくのがいいと思います。いずれにせよ、こうした評価も「本来的な評価」です。
 一方、(4)は、進学先や就職先の担当者に示す、能力の「証明」のようなものです。これはむしろ「本来的な評価」ではなく、実際の実用のための評価でしょう。
 言語教育の企画、実施、改善という観点からすると、(2)と(3)の評価活動が重要となります。そして、実際の教育の実施と学習の促進ということでは、(1)の評価式が重要な位置を占めるということになります。

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