見出し画像

夫と妻では主語が異なる前提で子育てに向き合う


こんにちは。こいけです。


夫婦における子育てにおいて、毎日ノーストレスなんて家庭は少ない。
毎日ハッピーだけど、まったくモヤがないかと言えば嘘になる。


長期の育休を取得して子育ての中心を担うのは母親が多い。毎日子どもに向き合える喜びと、コントロール可能な自由時間がないこととのジレンマに直面する。


もう少し子育てに協力してほしいと思ってる母と、割と子育てに協力していると思ってる父。
両者が同じ目線で会話するには、互いの主語が異なる前提を理解する。それが相互理解への第一歩になりそうだと思った話。


0歳1歳の年子育児において、自分の時間を確保することは簡単じゃない。


上の子がお昼寝しても、下の子も寝てくれることはないし、下の子が泣けばその泣き声で上の子も起きるので放置もできない。
下の子がようやく寝たと思えば上の子が目を覚ます。


2人同時に寝ることは多くて週に1、2回。1時間もあれば儲けもの。この時折ふと訪れる自由時間。さて、何に使おうか。


夕飯の支度(家族の時間)
夕飯や幼児食のレシピ検索(家族の時間)
洗濯物の片付け(家族の時間)
普段できない場所の掃除(家族の時間)
昼寝(休息)
読書(自分の時間)
ネットショッピング(自分の時間)
noteを書く(自分の時間)


長くても1時間、突如終了するこの自由時間を何に充てるか。やらなければいけないタスクを取るか、タスクを抱えたまま自分を優先するか。とっさの判断が求められる。


子育てはアンコントローラブル。
とっさの選択に都度つど向き合う。


そんな毎日に追われる中で、父と母との間に育児に関するギャップは生まれるのかなと思いつつ、そのギャップを埋める兆しの見えたとある日の朝の会話。


リモートワーク中心の夫は平日も家にいることが多い。久々に出社のある日、「通勤が面倒だ」と言う夫。
「その時間自分に使えるんだからいいじゃん」とわたし。何でもない朝の会話だったが、帰ってくるなり夫は言う。
「今週の美容室の予定が終わったら、ゆっくりランチでもして買い物もしてきなよ。」


どうしたのかと思ったら、朝のわたしの一言がやたら響いた模様。
「通勤時間も寝る前のリラックスタイムも自分に使えるし、飲み会も好きなタイミングで行っている。一方で母親には自由に使える時間がないことに気付いて反省したよ」と夫。


それまで夫はリモートの日は食器は洗うしお風呂にも入れるから、平均より子育てをしてる自負があった模様。でもそれは子育て時間の話。


勤務時間をベースに、+αでどのくらい子育て時間に充てるか。この主語はあくまでも自分。
24時間子育てに対峙し、その中からどれだけ自分の時間を捻出できるか。こちらの主語は子ども。


「自分」か「子ども」か。
比較の前提が違うまま、夫婦は子育てについて意見を交わす。
これがよく生まれるギャップの起点なんだな。


とはいえわたしは子育てに向き合うために育休を頂いているので、夫に子育ての平等を要求するつもりは全くない。


でもそういう互いの前提を認識した上で向き合えたら、今回のように相手を尊重する会話が生まれるのだなと。
予期せぬ言葉にわたしの心も軽くなる。


母にとって〝ぶらぶら″ は尊い。


美容院に行くから。
病院に行くから。


何か目的や理由がなければ子どもを預けてひとりで自由に外出しづらいから。


目的もなくぶらぶらする。


そんな独身時代なら当たり前だった時間を世の母たちにも捧げたい。


せっかくなので甘えてリフレッシュします。
ありがとう夫。
またよろしくです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?