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【書評】チャック・パラニューク『サバイバー』--自分の人生を取り戻せ

 成人してカルト宗教のコミューンを出た主人公は、金持ちの家を転々としている。そこで便利なお手伝いとして、さまざまな技を駆使しながら死ぬまで地味に働く。もらった給料は全部教会に送る。そうやって生涯誰ともセックスもしないまま、静かに死んでいくはずだった。
 けれども事態は一変する。なんとFBIの捜査を前に、コミューンのほぼ全員が集団自殺してしまったのだ。この後どうやって行けばいいのだ。今までは宗教の教えに従って生きていたのに、これからは誰も指示してはくれない。
 けれどもその心配は杞憂に終わる。彼の話題性に目を付けたプロデューサーの男が近づいてきて、自分の言うとおりにすれば大金持ちにしてやる、と言われる。
 主人公は悲惨すぎる自分の過去を捏造し、ボディメイクをして、商業的に仕立て上げられた新たな宗教団体の教祖となる。このままいけば上手くいくはずだった。けれども、生き残った双子の兄の出現でその予定は全部崩壊してしまう。いったい主人公は自分の人生を生きられるようになるのだろうか。
 主人公がハイジャックした飛行機から自分以外の全員を排除し、オーストラリアの大地に激突して死ぬまでにフライトレコーダーに語ったこと、という設定がまず魅力的だ。
 その中で問われているのは、我々は人生を自分の手に取り戻せるのか、ということである。確かにこうした宗教を批判するのは簡単だ。けれども我々だって、親や学校や会社やメディアに言われたとおりに生きているだけなのではないか。ならばどうしたらいいのか。
 ものすごく巧みに構成されているこのパラニュークの小説には、我々全員に共通した問題意識がある。かなり前に書かれた作品だが、今でも読んでいると心がヒリヒリする。

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