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人生フルーツと、一銭五厘の旗

逗子のシネマアミーゴにて、『人生フルーツ』を観た。

津端修一さん(当時90歳)と英子さん(当時87歳)の建築家夫婦の生活を追ったドキュメンタリー映画。前観たのは5年以上前だったか。前回も感動したのだけど、今見るとまた違う気づきがあって、とてもおもしろかった。

いわゆる「丁寧な暮らし」じゃない、非人間的なシステムへの抵抗運動としての日常の営みをコツコツ続けること。おかしな社会に、すこやかに中指立ててる感じ。その姿が、素敵だな、以上にかっこいいな、と感じたのだ。


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「非人間的なシステムへの抵抗運動としての日常の営み」の重要さを訴えた人としては、「暮しの手帖」を創刊した花森安治さんが思い浮かぶ。

「見よぼくら一銭五厘の旗」で花森さんは非人間的なシステムへの違和感を書いていた。

人間が 集まって暮すための 
ぎりぎりの限界というものがある
ぼくらは 最近それを越えてしまった

それは テレビができた頃からか
新幹線が できた頃からか
電車をやめて 歩道橋をつけた頃からか
とにかく 限界をこえてしまった

ひとまず その限界まで戻ろう
戻らなければ 人間全体が おしまいだ

企業よ そんなにゼニをもうけて
どうしようというのだ

なんのために 生きているのだ

花森 安治「見よぼくら一銭五厘の旗」

そして、「暮しの旗」を立てよう、とうながす。

ぼくらは ぼくらの旗を立てる
ぼくらの旗は 借りてきた旗ではない

ぼくらの旗のいろは
赤ではない 黒ではない もちろん
白ではない 黄でも緑でも青でもない

ぼくらの旗は こじき旗だ
ぼろ布端布はぎれをつなぎ合せた 暮しの旗だ

ぼくらは 家ごとに その旗を 物干し
台や屋根に立てる

見よ
世界ではじめての ぼくら庶民の旗だ

ぼくら こんどは後あとへひかない

花森 安治「見よぼくら一銭五厘の旗」

いきすぎた資本主義、消費主義が人間の生をじりじりとそこなっていくことへの違和感。そしてそうした流れへの抵抗としての「暮らし」。

花森さんのことばが、修一さんのことばとふしぎとかさなる。(そういえ映画の中で、修一さんも庭に旗を立てていたっけ)


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花森さんと修一さんに共通する「非人間的なシステムへの抵抗感」は、システム側として戦争に加わったことと無関係ではないのかもしれないな、と思う。花森さんは大政翼賛会の宣伝部、修一さんは戦闘機を設計する海軍技術士官として。ふたりとも、システム側として、人間性をそこなうことに加担したことへの反省があったのかも、と。

「非人間的なシステム」はもちろん戦時だけにあらわれるわけじゃなく、水俣病に象徴されるように、1955年~1973年の経済成長期には成長のなのもとで人間としての営みがそこなわれていった。修一さんは日本住宅公団の立ち上げ時からのメンバーとして、全国の団地の造成に携わった。そこでもやはり、修一さんは意に反して、山を切り崩し、風の通り道をふさぎ、画一的なハコを建て…といったかたちの非人間的な団地造成を推し進めるシステム側に立ってしまうことになる。


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花森さんも修一さんも、システム側に立ってきた人間として、これまでのシステムにNOをつきつけている。システムの周縁から、システムの外側からNOをつきつけるのとはまたちがった胆力が必要だったはずだ(どちらがすごい、というわけじゃないけれど)。

そして、「暮らし」をコツコツ積み上げることで、システムに抵抗する。それはいわゆる「丁寧な暮らし」とはちがって、非人間的なシステムをじりじりとけずりかえしていく、抵抗の意志をはらんでいる。修一さんのよびかけで裏のハゲ山に人々が植えたどんぐりが、数十年を経て木になり、里山ができたように、ひとつひとつは小さな実践でも、それが集まり、コツコツ続けられたら、おおきなシステムにも影響を及ぼす。


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タモリさんが「新しい戦前」といったけど、現在の日本の状況は、「非人間的なシステム」がちからを増しているようにも感じる。だからこそ、おかしなシステムに「おかしい」と対抗するためにも、庶民の旗を立てたい、と思う。全国の平均時給が961円らしいから、961円の旗。

語呂わる!というかんじだけど、まぁいいや。たとえば、これまで買っていた野菜を自分でつくってみること。いや、とりあえず自炊をふやすことからかな。

そんな些細なことからでもいい。僕ら庶民の、961円の旗を立てていきたい。

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