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スープ、ガソリン、パーマ

ワーリーがある日散歩に出かけ、忙しくしていた。ワーリーの散歩コースは決まっていない。今日は家を出てひとまず左に曲がって、その後右、左、右、左と交互に曲がってみた。曲がれない時は影の差している方へ向かった。だからたまに来た道を戻ることになる。

ワーリーがある公園に着いた時、祭りの後だった。小さな男の子が一人、おじさんの背中をしていた。ワーリーは不審者にならないようにするあまり、あまりに不審者然として男の子に近づいた。ワーリーは不審者と思われないようにして声をかけた。

「やぁ、君一人?いくつ?お父さんやお母さんは?お腹空いてる?」

なんだか失敗した心地がしたが、ワーリーはひとまず男の子の反応を待った。男の子はパッとふりかえり、ピカピカの笑顔を振りまいた。

「うん!」

ワーリーは「しまった」と思った。これでは先程の質問の中のどれに対して「うん!」と答えたのか分からないじゃないか。ワーリーがどぎまぎしているのをよそに男の子は「ハンバーグ!」と言って砂の塊を渡してきた。ワーリーはそれを美味しく食べた。

これがワーリーとそうちゃんとの最初の出会いであった。あの日のワーリーの影が東をさしたことが二人を引き合わした。

ワーリーはその頃すでに半ば家なし状態であり、日雇いの屍肉処理の仕事をして、ネットカフェに寝泊まりしていた。諸星大二郎は全部読んだ。

そうちゃんは第二次性徴真っ盛りで春の芽生えとオスグットの興隆によってその心は荒れ模様だった。相変わらず肩が凝って仕方がなかった。

「ワーリー、俺もそろそろさ、ガキじゃねぇんだから、いいよ、ハンバーグじゃなくて」

「言ってろ、言葉は飾れてもと本性は隠せないよ、あ、チーズインハンバーグとセットドリンクバーで」

「なんか悪い気がしてきたなぁ、そろそろ、いくら大人だからってそんなに奢ってもらわなくても」

「兄貴に気ぃ使うなよ、ボーナスが入ったんだよ、サラリーマンにはな、年に2回くらいあんの、1年じゃ使いきれない額をもらえる」

店内は夕飯時ということもあり家族連れや大学生カップルで賑わっている。そうちゃんはこういう時なんだか落ち着かない。

「でも、ボーナス入ったのに、自分はほうれん草ベーコンでいいのかよ」

「いいんだよ、この年になるとな、食い物に気ぃ使わないといけないのよ」

「だけど、腹ふくれないでしょ」

「チッチッチ、甘いな、ここはな、サイドメニューでも、スープバーがつくのよ」

「そうだけど、」

「しかも今日は俺の大好きなオニオンスープだ、オニオンだから、つまりは、、オニオンは身体にいい」

「大人って大変だね、草しか食えないのか」

「そうよ、しかもここの草は随分とぜいたくな草なんだぜ、ありがてぇと思わないとな」

そうちゃんはうんうんとうなづきながらドリンクバーにコーラを取りに行った。ワーリーは美味しそうに水をガブガブ飲む。それも身体にいいそうで、ワーリーにとってはガソリンなのだそうだ。どうして嘘をつくんだろう。親ヅラしやがって、こっちがお前の親ヅラ気分を味わわせてやるためにどんだけ気遣ってると思ってるんだろう。いい加減疲れてきたな。

「そうちゃん、今度の誕生日は何がいい?やっぱりハンバーグか?あのダブルのやついってみるか?チーズインハンバーグオンチーズインハンバーグ」

「あまり言い出せなかったんだけどさ、いい?」

「・・・なんだよ改まっちゃって、なんだよ、女か?メスか?」

「ううん、誕生日さ、パーマあてたいんだよね」

「パーマ?あの、髪のか」

「そう、ちょっと高いけど」

「高いって言ってもガキが欲しがるもんだろ?いくらくらいなんだ?」

「クーポン使って、7千円」

ワーリーは水が気管に入った。7千円とは1週間暮らせる金額だ。この社会の中で随分と最果てまできてしまったものだとしみじみとした。そうして自分が今目の前に相対しているのは砂のハンバーグで喜ぶような輩ではないことに気がついた。ワーリーは少しイライラした。

「おう、いいよ、そんくらい、ケホッ」

その日、二人は寝付きが悪かった。少し傷ついた。
夢の中で、二人はあの日を遊んでいた。

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