見出し画像

【ショート小説】足元に見続けてきたものたち

子供のころ、日曜日、父とサイクリングに出かけた。家を出て河原の土手を走り、もうずいぶん遠くまできた。11月の木や地面の景色はすっかり茶色と灰色が増えてきた。住宅街の狭いアスファルトの道に降りようとすると、目の前に灰色のボロ雑巾が落ちていた。汚いなぁと思いながらそのすぐ脇を通って見下ろすと、雑巾と目が合った。

体を大の字に広げてぺちゃんこになった小動物がいた。何度も車に轢かれたんだろう、骨も砕けてぺらぺらになっていた。

たぶんネズミなんだろう。父は気づかなかったようだ。ファミレスで一緒にランチをしている間も、私は恐怖であの潰れた顔が消えなかった。

***********

いや、あれは大きさからいって猫だ。当時の私は猫があんな風に潰れていることを認めたくなくてネズミだと思い込もうとしていたんじゃないか…

そう気づいたのは会社員を始めて5年経った7月の夕方の電車内。数分前、駅のホームで電車を待っているときに、通過電車に向かって前に歩き出しそうになる自分がいた。ふと凶悪で巨大な何かに身を全てゆだねて蹂躙されたくなって、甘い気持ちがどうしようもなく胸に湧いた。

自分が電車に轢かれそうになって、昔見たあの動物を思い返していた。

3ヶ月前から突然会社で陥れられていた。先輩や恋人と話したり、家で一人深夜番組を観ているときは笑っていられるのに、どうしても後頭部の髪の毛が抜け落ちていく。

自分を冷静に見る自分がいながら、その一方で自分が崩れていくのを止められない。

***********

あれから何年も経ち、仕事が変わり、他の人と付き合って結婚して、子供ができた。諦めたことも多いけど、それなりに生きている。

6月。最近雨続きだ。娘の手を引いて歩いていると、毎日家の近所でも旅先でも歩道に潰れたカエルがいる。見つけるのは娘で、いつも決まってしゃがんで覗き込んでいる。

この先どんな未来が待っているのか。その考えが胸にこびりついて、子供を見下ろす。



この記事が参加している募集

スキしてみて

よろしければサポートお願いします! 物理学の学び直しに使って次の創作の題材にします!