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世界を知らない

「アラスカに行ったことはあるかい?」  男は唐突にそう口にした。お酒と、煙草と、あとはたぶん何かの香水。その全部が混じったような、そんな匂いを漂わせながら。 「いや、行ったことないですね」  僕がそう返すと男は残りの酒を全部口に放り、それを転がすように味わった。 「じゃあ、マイアミに行ったことは?」 「それもないですね」 「サンディエゴは?」 「いや、ないです」 「セントルイスも?」 「もちろん、ないですね」 「そうか」  男は質問を終えるとグラスをカウンター

    • 白髪の少年

      「そう、例えば、例えばの話として聞いてくれればいい」    白髪の少年は雪が降りしきる中で僕に話しかけてきた。 「君がここにいる理由なんてのは、ほんの些細なことで、例えば君がここにいなかった場合にもその疑問を持つかと言われれば、そうではないだろう? 君はここにいるからここにいることを疑問に持つし、雪が降っているから、そのことに疑問を持つ。違うかい?」 「違わない」と僕は言った。 「そう。分かればいいんだ。君がここにいることに理由なんてない。ただの偶然だよ。そのことを分か

      • 一口小説 【キリン】

         キリンの朝は早い。  いつも午前5時を回ったくらいで目が覚める。起きようと思っているわけではないが、自然と目が覚めてしまうのだ。  ベッドから起き上がるとキリンは背伸びをする。天井に当たってしまわないよう慎重に。  それからベッドの横に置いてあるスリッパを履く。トラ柄で、ヒズメを傷つけないようにゴムで出来ている。  スリッパを履いたあとは着替えをする。ゼブラ柄のパジャマを脱ぎ、スーツに着替える。真っ黒のスーツだ。ネクタイは薄い青、水色と言えるかもしれない。  そうして身支度

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