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3. Naoki Part 2|読む人の運命を加速させる恋愛小説

最初のお話👇

前回のお話👇



「初めまして。直樹といいます」
「初めまして。友利花です」

2人の会話は少し控えめに始まった。そしてお互いの温度感をとてもゆっくりと確かめるように、少しずつ周辺に及んでいった。

趣味について、好きな食べ物について、お互いの仕事について。

こんな時、ボクはどこまで踏み込んだ質問をしていいのかわからなくなってしまう。

「友利花さん、料理するのが好きなんだ」
「はい」
「お酒も結構飲むの?」
「いえ、お酒は少しだけ・・・」

緊張はしない。居心地はすごくいい。でも何だか、会話が広がらない。


最初はまあ、こんな感じか。別に焦ることもない。友利花さんも特につまらなそうにはしていない。きっと大丈夫。

「直樹さんは何か趣味、ありますか?」沈黙が訪れると友利花さんはボクに質問をしてくれた。気遣いができる子だと思った。
「ボクは筋トレかなぁ。週2でジムにも行ってるし」
「すごいですね」そう言って少しばかり、友利花さんの意識がボクの体に向かっている気がしたけど、気のせいかもしれない。
「そう?ありがとう。友利花さんは?何か趣味とかある?」
「私は・・・、読書ですかね」少しばかり時間かけて友利花さんはそう言った。友利花さんが、読書。イメージとしてはピッタリだ。
「ボクも本読むよ。たまにだけど・・・」ボクは友利花さんとの共通点を探るように言った。
「え、ほんとですか!」明らかにテンションが上がる友利花さん。「どんな本を読むんですか?」
「そうだなあ。最近はスヌーピー・・・」ボクは言ったそばから少し後悔した。この前立ち寄った駅の本屋にスヌーピーの名言がまとめられた本が平積みされていた。何となく気になって手に取ったら結構いいことが書かれていた。それで買った。
「スヌーピー、ですか?」友利花さんは頭の中で何かを想像するように聞いた。ボクが、スヌーピー。きっとイメージが合わなかったに違いない。
「なんかスヌーピーのいい言葉がまとめられてるんだよね。変、かな?」ボクは少し自嘲するかのように言った。
「全然。変じゃないですよ。ただ、何だかイメージが湧かないなぁって思って」友利花さんはボクに合わせて控えめにクスクス笑い、そう言った。
「友利花さんはどんな本を読むの?」
「私はミステリーかなぁ」
「ミステリーかぁ」

ミステリー。

ミステリー、ミステリー・・・

誰だっけ、あのよくドラマ化や映画化されていたミステリー作家・・・

・・・ダメだ、思い出せない。

有名どころぐらい読んでおけばよかった。そうしたらもう少し、友利花さんの好きな本で会話を広げられたかもしれないのに。

特に好きな小説家なんていない。読む本も何となく本屋で平積みされているものを選ぶくらいだ。今読んでいるスヌーピーの名言本もそう。


「大人の男性の魅力、ちゃんと出してくださいね」後輩の冷やかし混じりの発言が頭をよぎる。
少しぐらい年上の余裕みたいなものを出さないと・・・
後輩が言うように、友利花さんにも少なからずそういう期待はあるはずだから。

「スヌーピー、いいですね」何も話さないボクの心を読むかのように、友利花さんは優しく受け入れるようにして言った。

ボクはどこか、フワッとした。この感覚、なんだか久しぶりかもしれない。

「沙織さんも同じ職場なんだよね?」沙織さんはボクの後輩が連れてきたもう1人の女性だった。
「そうです!出身も同じ東北で、すごく気が合うんですよ。住んでる場所も一緒なんです」友利花さんは軽い冗談を言うような雰囲気で楽しそうに言った。
「住んでる場所も一緒なんだ。それはすごいね」
「沙織は彼氏いるけど、今日1人だと不安だったので一緒に来てもらったんです」
「不安?」
「はい」そう言って、友利花さんは何かを思い出すように少し哀しい目をした気がした。
「それにあの子、お酒大好きだから」と友利花さんは笑いながら言った。可愛いおてんば娘に少し呆れる母のように。

ボクは沙織さんをチラッと見た。後輩と彼女と一緒に3人で楽しそうに会話をしている。人見知りをしないタイプなのだろう。

確かに結構飲みそうだ。既に何杯かおかわりしているけど、ほとんど酔ってないように見える。ボクよりも確実にハイピッチだし、酒豪の後輩にも引けを取らない。

「沙織、すごいんですよ!学生時代は平気で一升瓶とか空けてたらしいです」友利花さんはまるでその場に居合わせていたかのように笑いながら言った。
「それは、すごいね」ボクは一升瓶のインパクトに負けてうまく笑えなかった。一升瓶は、凄すぎる。

友利花さんは沙織さんに視線を向けた。少しばかり冷やかすように。
「なによ」沙織さんがそれに気づいて友利花さんに言った。
「何でもない」友利花さんはクスクス笑いながら目線を戻した。
このやりとりはいつも2人で交わされているんだろう。そんな安心感があった。

「沙織さんとは本当に仲がいいんだね」ボクは言った。
「はい、私以上に私のことを真剣に考えてくれる大切な友だちです」

私以上に私のことを真剣に考えてくれる大切な友達———

友利花さんの言葉が、場の空気に浸透していくのがわかった。

友利花さんは少し気まずそうにして目の前に置かれたグラスに手を伸ばし、まだ二杯目のピーチウーロンをゆっくりと少しずつ口に移した。

ボクはそれを見て、所作が何だか綺麗だなと思った。まるで茶道をしているかのようにピーチウーロンを飲む。そのギャップがどこか可笑しく、でも同時に魅力的だと思った。

「友利花さん、料理もするんだよね。得意料理は何?」友利花さんがゆっくりと美しくピーチウーロンを飲んでくれたおかげで、ボクは次の質問を思いつくことができた。
「得意料理ですか?そうだなぁ・・・」

返事を待ちながら、ボクはさっき友利花さんが言った言葉を反芻していた。

私以上に私のことを真剣に考えてくれる大切な友だち———

それは、どういう意味なんだろう。



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