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「教養はお金儲けのツールなのか?」という話

まえがき:教養の衰退か、それとも新たな教養か

 「出版不況」「読書離れ」「活字離れ」が叫ばれて久しい現代社会。本を読み教養を身に着けていた人たちが減少してきしていることが問題視される昨今でありますが、経済学者の井上智洋は教養について次のようなことを語っています。

 デフレマインドの影響は、ここまで述べて来たことにとどまらない。教養や文化の衰退すら招き得る。
 例えば、出版物の売り上げは昨今毎年のように下がっており、人々の教養に対する関心の低下が指摘されている。だが、バブル崩壊前までの日本は欧米とは異なり、中間所得層が文学全集を買い揃えたり、カントやヘーゲルの難解な哲学書を読んだりするような「特殊な国」だった。
 カントやヘーゲルをどれだけの人が理解できたかは定かではないが、それでも多くの人が手にするほど、国民の教養志向が強かったのである。しかしデフレ不況がやってきた、金を得ることばかりに執念を燃やす人が増え、教養を身に付けるだけの余裕が失われてしまった。
 もちろん、スマホの普及は出版不況をもたらした原因の一つであろう。だが、自己啓発本やビジネス書は相変わらず売れている。経済書や歴史書はそれなりに売れているが、哲学書や文芸評論といった実利的でなく小難しそうな本はからきしふるわない。
(中略)
 私には、デフレ不況が日本を貧しくし、それゆえにお金にやたらと執着する人間が増え、その分だけ教養や文化が衰退したように思えてならない。

(井上智洋 『「現金給付」の経済学』)

 不景気になってから日本人は教養よりも「どうすればお金を稼げるのか」「どうすれば貧乏でも幸せに暮らせるのか」といった自己啓発本(ビジネス本、ハウ・トゥ本)ばかりを読むようになったという指摘です。

 確かに、井上の指摘するように現代の日本人は教養を身に着けることよりも、「お金にやたらと執着する」ようになったように思えます。

 私はこうした日本の教養主義の衰退に対して批判的な記事を何度か書いてきました。

 このまま教養を衰退させていいはずがない。そうした思いで教養主義の重要性について書いてきたのですが、最近、「そもそも人々が、教養に求める価値が変わって来たのではないか」とも考えるようになりました。

 古い教養が「お金稼ぎとは別の価値も提示しているものだ」とするならば(その別の価値については後述します)、現代の人びとにとって教養とは「お金を効率よく稼ぐためのツール」としてだけ受け止められているのではないか。

 だとするならば、現代社会で起きているのは「教養主義の衰退」ではなく、「新たな教養主義の登場」なのではないかと考えられます。

 本稿では、そのような「教養=お金稼ぎのためだけのツール」という新たな教養の問題点について考えていこうと思います。


第Ⅰ章:ファスト教養とは何か

 近年、「ビジネスパーソンには教養が大事」「この教養を身に着けることで年収がアップする!」などの謳い文句で販売されているビジネス書を書店で多く目にするようになりました。こうした「ビジネスで成功するために教養を身につけなければならない」という風潮の背景には「ビジネスパーソンの『焦り』」があるのだとライターのレジーは次のように指摘しています。

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