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激しく動き始めた彼の世界!それは私の世界 その1

再読の部屋No8. 夏目漱石作「それから」 明治42年(1909年)発表

2021年5月21日の投稿で夏目漱石作「それから」について投稿しました。タイトルは「心のままに進むか、理性に従うか、その決断にゾッとした。」

その内容は、次のようなものでした。

実生活である人を思い焦がれている状況で、「相手も自分のことを思っていた」と知ったときの幸福感!しかし、そのような喜びも束の間、これからの二人の道は、何度シミュレーションしても、不幸の谷へと向かうばかり。何も考えられなくなった瞬間、魔が差したように、ある選択をし、自分ながらにゾッとした。夏目漱石作「それから」には、そんな恋による衝動の怖さが描かれていました。

2021年5月21日「心のままに進むか、理性に従うか、その決断にゾッとした。」


この投稿では、主人公の「恋による衝動の怖さ」を紹介したかったのです。ところが、最近、「それから」を読み返したところ、興味を覚えた個所が変わっていることに気づきました。

物語のラスト、父から絶縁された主人公が職探しのために炎天下に飛び出します。穏やかで無風だった主人公の世界は、火が燃え盛るように激しく動き出し、物語は終わります。

その先、主人公はどのような経験を重ねるのか?「超不愉快な感覚や感情を、これでもか、と味わうのだろうな」などと考えてしまい、気になって仕方がないのです。

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「それから」の主人公、長井代助は、学校を卒業後、無職のまま、父の支援で気ままな生活を送っていました。しかし、三十歳になり父から縁談を受けるよう迫られます。

同じ頃、代助は、仕事に行き詰まった親友の平岡夫妻と再会し、心の隔たりを覚えます。「食べることを目的とする仕事」を得ることに苦しむ平岡に対し、代助は「食べることが目的となった働きでは、素晴らしい結果を出せない。だから、食べることを目的には働かない」と考えるためです。

また、自分の取り持ちで幸福な結婚をしたはずの夫妻に、不穏なものを感じます。

やがて代助は、三千代の結婚前から、彼女に恋していたことに気づきます。代助にとって三千代を選ぶことは、家族に不名誉を与え、父の支援からなる経済的な豊かさを捨てるということで、次のように理解しています。

もし馬鈴薯(ポテトー)が金剛石(ダイヤモンド)より大切になったら、人間はもう駄目である、と代助は平生から考えていた。向後父の怒りに触れて、万一金銭上の関係が絶えるとすれば、彼は厭でも金剛石を放り出して、馬鈴薯に嚙り付かなければならない。そうしてその償いには自然の愛が残るだけである。その愛の対象は他人の細君である。

夏目漱石「それから」

代助は、これから始まる「家族から絶縁された状況で、職を得て生活すること」の困難を、頭ではわかっても五官ではわからなかように思えます。実体験がないから、感じようがない、ということ。

一方、読み手は、実生活での経験や感覚の鋭さに応じて、代助が未来に感じるであろう不愉快な感覚を、つい想像してしまう気がします。そしてその困難の物語は、読み手それぞれの経験や感性によって異なる内容となるように思われます。

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職を探すため炎天下の町に飛び出した代助は、自分の頭が火のように熱くなるのを感じ、世の中の様子が真っ赤に映るようになります。

穏やかで無風だった彼の世界は、父からの絶縁という現実に触れたとたん、赤く燃え上がる世界に一変しました。そんなラストが怖かった、再読「それから」でした。

ここまで、読んでくださり、どうもありがとうございました。

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