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哲学対話と就労支援

こんにちは。就労支援員のサイトウです。

永井 玲衣さんという方がいます。「哲学対話」という活動を全国の学校や自治体などで実施されている、気鋭の哲学者です。
『水中の哲学者たち』という著書を拝読して、いつでもどこでも誰とでも始められる、手のひらサイズの哲学という「哲学対話」に興味を持ちました。

この本のタイトルは本当に秀逸だと思います。哲学という答えのない世界は、まさに足場のない水中みたいで、考えれば考えるほど深く深く沈んでいくようだからです。ちなみに哲学者のウィトゲンシュタインも「人間は水中にもぐろうと努力せねばならない。哲学も同じようなものだ」※1 と述べていたそうです。


子どものころの哲学の記憶
わたしが子どもながらに哲学をはじめたのは、小学6年生のある夜だったと記憶しています。
ファミリーレストランで家族と食事をしている時、急に「目の前の母親はいつか死ぬ。死んだらどうなるんだろう」と急に恐ろしくなったことを覚えています。
当時まだインターネットが主流ではなかったので、自分の頭をこねくり回して考えるしかありませんでした。天国や地獄があるとか、生まれ変わって別の誰かとして生きるとか、魂だけゆらゆらと彷徨っていくとか。無になることだけは絶対に嫌で、無にならない他の答えを探し続けていました。でも、結局わかりませんでした。

大人になるにつれ、問いを立てることは減った気がします。答えのない問いを探すよりも、答えられるタスクをこなす方が評価されることに気付いたからだと思います。いかに効率的か、タイパやコスパがよいか、そう考えることが増えました。それと同時に、まるでススワタリが見えなくなるように、死について考えることもなくなりました。


哲学対話とは何か
閑話休題。哲学対話とは、河野(2020)によると「人が生きるなかで出会うさまざまな問いを、人々と言葉を交わしながら、ゆっくり、じっくりと考えることによって、自己と世界の見方を深く豊かにしていくこと」※2 と定義されます。
哲学対話にはファシリテーターがおり、最低限のルールや進め方があるようです。梶谷(2018)のまとめたルールは以下のとおりです。

梶谷(2018)より※3


一方で、ルールをあまり厳密にしないファシリテーターもおり、行う人によってさまざまでもあるようです。永井さんは約束ごととして①よくきくこと②自分の言葉で話すこと③"結局ひとそれぞれ"にしないこと の3つを挙げています。※4
どちらも重要なのは、安心な場所で「何を言ってもいい」ということなのだと思います。現実社会を生きる上で、何を言ってもいい場面はなかなかありません。意識的にせよ無意識的にせよ、言ってはならないことや考えてはいけないことが存在するからです。そのしがらみに縛られていると、自由な問いを立て、思索することはできません。


哲学対話と就労支援
就労支援の現場で哲学対話を活用することはできるのでしょうか。支援者が「支援する側」である以上、クライアントに対して権力を持たざるを得ません。基本的に支援者はクライアントの問題解決の「ために」支援をします。しかし哲学対話は対等な立場で共同的な探究を目指します。クライアントと「ともに」問題に取り組むという意味では大切な営みですが、解決を目的としない哲学対話はときに支援の放棄になってしまうという懸念も認識しなければならないと思います。

一方で、対話は今まで自分の持っていた常識、ルール、経験などを解体する営みです。そして、他者の価値観に触れ「わかりあえないこと」を味わう時間にもなります。わかりあえないけどわかりたいというモヤモヤを残しながら、常識や立場に縛られ、対話のできない日常に戻っていくことが哲学対話の面白いところです。ロジカルな思考でも解決できない問いがあることに他者と共に気付くこと。これは近年注目されるネガティブ・ケイパビリティの醸成にもつながるのではないでしょうか。
就労支援をしていると、こうした解決できない問いに出会うことは少なくありません。職場での悩みだけでなく、もっと根本的な「なぜ働くのか」「どうなりたいのか」といったことは、いくら他者が説明しても、ストンと落ちるものではなく、自分自身の中で見つけて意味づけていくものです。
そういった答えのない問いを掘り起こしていく作業を一緒に行うことは、過去の失敗体験に傷つき、未来を考えることをやめてしまった方々の助けになるのかもしれません。



こう書いてみると、わざわざ哲学対話という場を用意しなくても、わたしの行っている就労支援そのものが哲学対話のような気がしてきました。子どもの頃のように「なぜ?」と問いかけながら、一緒に「なりたいもの」を探していくのが、就労支援の醍醐味なのかもしれません。




最後までお読みいただきありがとうございました。


-引用-
1.N.マルコム著・板坂元訳(1998)『ウィトゲンシュタイン 天才哲学者の思い出』平凡社ライブラリー,p70. https://amzn.to/3TnjDD2
2.河野哲也編・得居千照・永井玲衣編集協力(2020)『ゼロからはじめる哲学対話 哲学プラクティス・ハンドブック』ひつじ書房,p3. https://amzn.to/3OVTQjY
3.梶谷真司(2018)『考えるとはどういうことか 0歳から100歳までの哲学入門』幻冬舎新書,p47. https://amzn.to/3T97nqM
4.北欧、暮らしの道具店「【手のひらに哲学を】第二話:哲学対話とは? ふだんのコミュニケーションで、私たちができていないこと」(https://hokuohkurashi.com/note/294083)2024.2.27閲覧.


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