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【漫画感想】おかざき真里「阿・吽」


 時は平安時代。日本仏教の礎を築いた二人の天才、「最澄」と「空海」の交流と人生を鮮烈に描いた歴史漫画。

 最澄と空海って昔の偉いお坊さんで違う宗派の仏教それぞれ開いたんでしょ?ぐらいの知識。そして、同じ時代の2人だから宗派がどっちがどっちだっけ?と混乱する。そこを逆手に取って歴史のテストで引っ掛け問題が出たりする。最澄が真言宗?空海が天台宗?あれ??みたいな。

 でも、この漫画を読んだらもう、そんな取り違えは絶対起きなくなる。二人の運命的な交流、命を懸けた仏教への想い、当時の日本の政局があまりにもドラマチックに鮮烈に描かれ、強烈な印象が残るので宗派なんか間違えようがなくなるからだ。

 歴史モノ、武士でも貴族でもない地味そうなお坊さんが主人公という理由で読まないのは勿体無い作品。

以降ネタバレアリ。

おかざき真里が描く平安仏教の世界

 最澄、空海をテーマにした漫画の作者が「おかざき真里」さんと聞いた時、最初に浮かんだのは「歴史モノいけるの?」だった。

 おかざきさんと言えば、恋愛漫画で活躍してきたイメージが強い。当然主人公は若い女性で、現代が舞台の作品ばかり。平安時代の僧侶が主人公の作品って、方向転換が過ぎる…と正直感じた。しかし最終巻まで読んだ今、おかざき真里の作家性が逆に存分に活きるテーマだったんだろうなあ、と実感する。

繊細で美しいヴィジュアル

 おかざき真里氏特有の繊細で華のあるヴィジュアル。少女漫画では自然と登場人物に花背負わせること多い。ただキャラクターが書類捌いてるシーンなのに画面は花が咲き乱れて煌びやか、とか。おかざき氏の描く華奢な植物の図柄等が、曼荼羅やら蓮の花に浮かぶ仏のイメージと結びついて相性がいい。この「阿・吽」という仏教をテーマとした漫画との組み合わせがいい。

おかざき真里、電子版『阿・吽』、小学館、10巻32-33p

一見地味になりそうな仏教漫画が華麗な印象に。

おかざき真里、電子版『阿・吽』、小学館、5巻126-127p
おかざき真里、電子版『阿・吽』、小学館、7巻 142-143p

美しいヴィジュアルは仏教の荘厳な世界観、深遠なイメージをダイレクトに伝えてくれる。

「空海」のキャラクター性

 主人公の一人、「空海」。史実の上でも、あらゆる分野に秀でたスーパーマンと伝えられている。僧侶のみならず、芸術、文筆業、土木工事の分野でも才能を発揮し、人身掌握術にも長けていたという。

おかざき真里、電子版『阿・吽』、小学館、4巻94p

 漫画でも、最初からレベル100の主人公として描かれる。ただ、仏教の真の悟りを得るためには乗り越えるべき壁はいくつもあった。それを天才なりの破天荒な方法で熱く解決していく、というのが、物語の道筋だ。

 運と勢いで乗り切ることもあれば、緻密に計算した上での策を講じたり、見ていて痛快。荒々しく熱い。まさにthe少年漫画の主人公!!

 そしてこのキャラクター像はおかざき氏がよく描くキャラクターにも当てはまる。

 おかざき氏が描く女性達は何かしら技術や才能を持っている。でも、未熟だったり、視野が狭かったりと完全無欠ではない。そして女性という立場だからこその苦悩や社会的な課題があって、傷つきながらも能動的に動いて困難に立ち向かっていく。少なくとも、私取り柄もない普通の女だけど、何故かイケメンにちょっかいかけられて渦中にいるんだよね、というタイプではない、と。

 未熟で荒々しいけど屈せず、困難に立ち向かうファイティングスピリッツってまさに少年漫画の精神性。このおかざき節を「空海」という、能力はあるけど越えるべき壁が多いキャラクターに当てはめると凄く魅力的にハマるのだ。

おかざき真里、電子版『阿・吽』、小学館、3巻 223p
おかざき真里、電子版『阿・吽』、小学館、3巻221p

 「空海」の鮮烈な印象により、対照的なもう一人の天才、「最澄」の魅力もまた際立つ。


 少女漫画畑にいて、縁が遠そうなおかざき氏が実はこれ以上ないほど漫画化するに適任者だったというわけなのだ。

ドラマチックな史実

 物語は最澄と空海が、当時の日本仏教の派閥、朝廷の覇権争いに巻き込まれ、巻き込みつつ、互いに仏教の発展、真理の追求に邁進していく。ストーリーが面白い、というか、史実自体が心躍る展開が多い。読みながら歴史を調べるとこれ創作じゃなくて事実なんだ?と思う箇所多数。


 同時期に遣唐使になったが、待遇も何もかもが異なる二人。この差がその後二人の関係に不思議な縁をもたらす。

おかざき真里、電子版『阿・吽』、小学館、5巻173p

時には一人の弟子を巡って二人の関係に変化が起こったり…

おかざき真里、電子版『阿・吽』、小学館、14巻33p


 話ができすぎである。漫画的脚色はもちろんあるけど、基本的に史実通りというのが興味深い。まるで2人が誰かが自分達の人生を漫画化してくれるの待ってたよ、と言わんばかりのエピソードの強さ。

 1000年以上も前にこんな数奇な人生を歩んだ人が実在したんだ、と思うと不思議な感覚に浸れる。


 漫画はまた繰り返し読んでみたいし、もっとこの2人について知識を深めたいと思える作品だった。









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