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サウナを超えるアノ快楽を求めるじいさんの話

エスカレーターで、左右どちらに立つ?

東京は左、大阪は右。中間の名古屋は左。京都は関西だけど右ではなく、「前の人が立ってるほうに合わせる」らしい。本当?
いや、そもそも片側だけに立つ文化をやめたいものだ。二列で乗れば倍の人が運べるのに、無駄すぎる。

ある日、京都でアート巡り後に、人気銭湯・梅湯へ。サウナ室で、先にいた80歳の筋肉質なじいさんが話しかけてきた。
「あの時計は、ちゃんと合ってるかね?」
長いあご髭と薄い髪は真っ白。昔はモテたであろう整った顔立ちだ。

「普通に動いてますよ。あ、でもあれ12分計だから、何時何分を表してないですよ」
「そうだよな、よく砂時計があるけど、ここはないもんな」

初めて来たというが、本当だろうか?「どの銭湯へ行っても男女の入口が分かりにくく、間違えそうだ」と笑う。

「間違えたら大変、キャー!変なひとが入ってきた!とか言われちゃうんだよ。いやいや、俺は気をつけてるから、そうなったことはないよ?」

彼がいうには、京都は右側が男湯であることが多いという。本当かな?

それは地域によるのだ、という彼の持論は、世界の自動車が左右どちらを走るかという話に展開。
あの国は右側通行だ、香港は?台湾は?とニコニコして得意げに話す様子が、なんだか可愛らしい。

私は元自動車メーカー人。その手の話は私のほうが詳しいが、心に余裕があったので「そうなんですね」と笑顔であいづちする。

…サウナを出るタイミングを見失った。さっき出た人が、また入ってきたぞ。

見かねた優しいおじさん(大企業の役員風)が、じいさんの隣に座り「海外、最近はどこ行ったの?」などと話しかけてくれた。救世主!
そのスキに私は立ち上がり、命の恩人に「ありがとう」と視線を送ってドアを開ける。

水風呂の後、座って休憩。ふぅ。
さっき長居したあちらへ視線を向けると、じいさんはまだそこで話してる。

そうか。彼はサウナよりも、会話が気持ち良いのだ。

私は、静かにサウナや風呂に入りたいタイプ。しかし多くの人にとって会話の快楽はサウナを超えるのかもしれない。

サウナや風呂で話してる人をいつも「うるさいなぁ」「風呂くらい1人で入れよ」と思っていたが、あの人たちを少しだけ、許す気になった。
いや、私は静かに入りたいけどね。

じいさんは最初「時計が合ってるか」と話しかけてきた。
けどあれは単なる快楽の入り口だったんだ。笑えてきた。彼は時間など、どうでも良かったのだ。
このエッセイの始まり、エスカレーターの話と同じだ。

次に会ったらまたきっと、初めましてな感じで時計の会話から始まるのだろう。でもちょっと、楽しみ。

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