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実話怪談 #24 「ザワザワ」

 これは二十代後半の女性、安藤さんのだんである。

 今から十年ほど前のことだという。
 当時の安藤さんは高校二年生で、季節は夏のはじまりだった。教室には女子ばかりの友達が六人残っており、ひとりが怖い話をしたのをきっかけに、みなが順番に怪談話を披露しはじめた。

 祖母のお墓を参ったさいに幽霊を見た。
 遊園地のお化け屋敷で本物の幽霊を見た。
 学校の理科室で女の啜り泣く声を聞いた
 
 安藤さんも恐怖を楽しみながらそれに参加していた。すると、友達のひとりが怪談話を披露している最中に、頭の上あたりで奇妙な音が響いた。

 パキンッ――

 枝が折れるような、板が軋むような、そういった甲高い音だった。
 ごく小さな音だったために安藤さんは気にしなかったが、しばらくしてまた同じ音が頭の上あたりで甲高く響いた。

 パキンッ――

 今度はさっきより音が大きかった。

「今の音、なに?」
 安藤さんは頭上を見あげて誰ともなく尋ねたのだが、なぜかその問いはみなに無視されてしまった。怪談話に夢中で聞こえなかったのかもしれない。

 とはいえ、わざわざもう一度尋ねるほどのことでもない。安藤さんは音のことは忘れて怪談話を楽しんでいた。すると、しばらくしてまた甲高い音が頭の上で響いた。

 パキンッ――
 間髪入れずにもう一度鳴った。
 パキンッ――
 
 二度続けて音が鳴っても、みなに反応はなかった。怪談話に笑い混じりの悲鳴をあげつつ、怖い怖いとおおいに楽しんでいる。
 やはり怪談話に夢中で音が聞こえていないらしい。
 安藤さんはそのようにはかって、自分も怪談話に集中しようとした。

 だが、今度は別のことが気になりだして、意識がそちらに逸れてしまった。足もとがやけにひんやりしているのだ。
 エアコンの効きすぎに違いないが、ひんやりどころか寒いくらいだった。

 設定温度は何度になっているのだろうか。
 みなは寒くないのだろうか。

 一旦寒いと思ってしまうと、足もとどころか、身体全体が冷たくなってきた。
 いよいよ我慢できなくなってきた安藤さんは、エアコンの温度をあげていいか、みなに尋ねようとした。
 するとそのとき、にわかに教室の外がザワザワとした。

 教室の窓はすべて磨りガラスだ。廊下に誰かがいるとすれば、その姿がぼんやりと透けて見える。誰の姿も透けていないというのに、教室の外がザワザワとしていた。
 廊下になにかが集まっているような、そんな気配がザワザワと立っている。
 
 みなは悲鳴と笑い声を交互にあげて怪談話を楽しんでいた。廊下のザワザワにはまったく気づいていないようだ。

 安藤さんはだんだん気味が悪くなってきた。パキンッという音も、この寒さも、そして廊下のザワザワも――なにかおかしい。
 詳しいことはよくわからないが、奇妙なことが起きているのは確かだ。
 
 もう怪談話をやめて帰ったほうがいい。みなに伝えようとしたとき、安藤さんは気がついた。
 安藤さんの斜め前にTさんという友達が座っていた。Tさんは硬い表情で廊下のほうをじっと見据えている。みなはザワザワを認識していないようだが、どうやらTさんだけは気づいているらしかった。

 ザワザワに気づいたのは自分だけじゃない。
 安藤さんが仲間を見つけような気分でほっとしていると、Tさんの視線がすうっと横に動いた。

 教室の出入り口は前と後ろにある。Tさんは前の出入り口、そこに設けてある引き戸を見ているようだ。

 じっと凝視するTさんにつられて、安藤さんも引き戸に目をやった。
 あの扉になにかあるのだろうか。
 疑問に思っていると、例の甲高い音が一際大きく鳴り響いた。

 パキンッ――

 その直後、引き戸がほんのわずかだが開いた。

 カラ……

 ひとりでに開いたように見えた。

 すると、Tさんがいきなり立ちあがって、引き戸に向かって駆けだした。到着するや否や引き戸を思い切り閉めた。その激しい音が教室内に響き渡る。

 みなはTさんの行動に驚いたらしく、唖然とした表情でTさんを見ている。
 当のTさんは「はあ……」と長い息を吐いて、その場に膝から崩れ落ちた。
 いつのまにか廊下のザワザワとした気配が消えており、パキンッという甲高い音も聞こえなくなっていた。

 座りこんだTさんを心配して、みなが駆け寄っていった。
「ど、どうしたのTちゃん?」
「大丈夫?」
「気分でも悪いの?」
 Tさんはすぐに立ちあがって、硬いながら笑顔を見せた。
「ごめん、ちょっと目眩がしただけだから。もう大丈夫」
 みなはなおも心配そうにしていたが、Tさんが「大丈夫」と繰り返したので、ようやく安心したみたいだった。

 この件でさすがにみなの興が醒めてしまったらしく、怪談話はお開きとなった。

 翌朝、学校に登校して教室に入った安藤さんは、Tさんを心配していた。昨日のあの出来事のせいか、なにか嫌な予感がする。

 安藤さんから少し遅れてTさんは登校してきたのだが、どことなく顔色が悪いように思えた。一時間目の授業が終わった休み時間に、安藤さんはTさんの席にいって尋ねてみた。
「体調でも悪いの?」
 安藤さんを見あげたTさんは、眉間に皺を寄せており、額にやたらと汗をかいていた。やがて安藤さんから目を逸らすと、俯き加減で黙りこくってしまった。
「あの、Tちゃん……」
 安藤さんが呼びかけると、Tさんは掠れた声で呟いた。
「ザワザワする……」

    *

 その日、Tさんは体調不良ということで、午後の授業は受けずに早退した。それから三日続けて病欠で、四日目からまた高校に登校してきた。
 しかし、登校後のTさんは誰ともかかわらずに、誰とも話そうとしたなかった。安藤さんや他の友人が話しかけても、最低限の返事しかせずに、すうっとどこかにいってしまう。
 学年があがって三年生になっても、その態度は同じだった。結局Tさんは高校を卒業するまで、ほとんど誰とも話をしなかった。

 にもかわらず、卒業から数年後に行われた同窓会では、それに参加していたTさんが、異様なほどのハイテンションだった。誰よりも大きな声でしゃべりまくっていた。
 安藤さんはTさんの変わりように驚いたが、同級生たちの意見は安藤さんと違っていた。
「Tちゃんって高校のときからあんな感じだったじゃない」
 そんなはずないと安藤さんは思ったが、なんとなく怖くてそう言いだせなかった。

     (了)


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