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様々なエレメントが組み合わさるから美しい――カマシ・ワシントンを「ダイバーシティの音楽」として聴く。

👉はじめに

Jazz The New Chapter 5のなかで柳樂さんのインタビューに答えて、カマシ・ワシントン(ジャズ・ミュージシャン/サクソフォン奏者/作曲家)はこう答えている。

様々なエレメントがあるから、様々なエレメントが組み合わさるから美しい。世界も様々な人が暮らしているからこそ美しいんだよ

これはカマシ・ワシントンというミュージシャンの根幹にある価値観であり、思想といっても良いかもしれない。こういった考えが基盤になっているからこそ、カマシの音楽には多様な楽器や声、様々な音楽ジャンルが併置され、共存しているのだ(だからポストモダン的なコラージュや折衷主義として聴いてしまっては、カマシの音楽を理解したことにならない)。

この思想を、直接的といっても良いほど明快に、音楽化したのが2017年に発売された《Harmony Of Difference》である。ハーモニーというと「和音」「和声」といったような音楽用語として理解しがちだが、本来の意味は「調和」―― このアルバムタイトルには「違い difference」を「調和 Harmony」させるという意味があり、それは前述した「世界も様々な人が暮らしているからこそ美しいんだよ」というカマシ自身の発言と直接的に繋がるのだ。


では、ここからは《Harmony Of Difference》において、前述したコンセプトがどのように実現されているかを聴いてゆこう。その際にヒントとなるのが、やはりカマシ自身の発言だ(前述した引用と同じくJTNC5の柳樂さんによるインタビューより)。

単体でも美しいけど、一緒に奏でると更に美しく聴こえるメロディーを5つ書いて、それぞれを曲にしたんだ。〔中略〕最終的にはすべてが一緒になって、すごく美しいものになるっていうのが狙いだったよ

つまり、全6トラックのうち、最初の5曲に登場するそれぞれの主旋律が、最後の6曲目で対位法的に組み合わせられるということだ。

1. Desire [4:37]
2. Humility [2:46]
3. Knowledge [3:52]
4. Perspective [3:24]
5. Integrity [3:47]
6. Truth [13:30]

実際、トラックの分数を見ても明らかなように、最初の5曲はどれもが5分以内とかなり短く、主題の提示に主眼があることは間違いない。それに対して、最終曲だけは13分半もあり、アルバムのクライマックスがこの部分にあるのは明らかだ。

見方を変えれば、「5つのメロディー」を別々に聴かせる1~5トラックと、「5つのメロディー」を重ねながら聴かせる6トラックというように前半・後半の2部構成と捉えてもいいかもしれないし、その方が前述したカマシの意図に近づけやすい。

👉分析

ここからは実際に曲を聴きながら、ひとつひとつのメロディーを覚えていこう。各曲の構成については、イントロやブリッジが置かれているものもあるが、基本的には譜面に起こした「テーマ」を演奏後に、ソロ(アドリブ)に移行。最後は再び「テーマ」に戻るというシンプルなつくりとなっているため、迷うことはないはずだ。






いよいよ、全てが織り合わされる最終曲である。下記のタイムラインを参考にしつつ、どのように曲が構成されているかを聴いてみよう。

"Truth"の分析
[テーマ]
 00:00~:Desireのベース・パターンが反復開始

 00:18~:Desire(※ギター)
 01:31~:Humility(※ヴィブラフォン)
 02:21~:Knowledge(※管楽器)
 03:01~:Perspective(※ストリングス)
 03:41~:Integrity(※合唱)

[ソロ]※テンポアップ
 05:22~:サクソフォン ソロ(※Desireのベースに乗せて)
 07:34~:Integrity(※ストリングス)がバックに登場
 08:07~:Integrity(※合唱)がバックに登場

 08:41~:ベース ソロ

[テーマ]
 08:57~:Desire(※ベース/旋律はストリングス)
 09:56~:Humility(※ギター)
 10:38~:Knowledge(※管楽器)
 11:11~:Perspective(※ヴィブラフォン)
 11:44~:Integrity(※合唱)
 12:18~:サクソフォンのソロも加わりクライマックスへ

👉クラシック音楽との関わり

いかがだっただろうか。カマシ・ワシントンをサックス奏者としてよりも、作曲家として捉え直すことで、彼の音楽の独自性や新しさが明らかになったはずだ。

なお、こうした作曲技法はクラシック音楽では珍しいものではなく、最も見事な作例としてはモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」より第4楽章を挙げることが出来るだろう。


ただ、カマシ・ワシントンとの共通点という意味ではベートーヴェンを興味深い事例として挙げることが出来る。代表作である「第九」(交響曲第9番「合唱付き」)の第4楽章では、中盤以降に異なる価値観を結びつけることでクライマックスを導くシーンがある。


1)「歓喜の主題」……俗的な世界(大衆のお祭り)

2)「抱擁の主題」……聖なる世界(教会のお祈り)

3)この2つの相容れないはずの主題を「二重フーガ」と呼ばれる手法で重ね合わせる。

「人類みな兄弟」といった趣旨の歌詞は、音楽的な面からも描かれていることがお分かりになっただろうか。そして、このように聴き直すことでカマシ・ワシントンとベートーヴェンに共通性があることに気づくはずだ(※実際、このあとにもお祭り世界のなかに、聖なる「抱擁の主題」が持ち込まれていく)。

これまで日本ではカマシといえば「スピリチュアル・ジャズ」といった捉え方がされることが多く、クラシック音楽的な要素と絡めて語られることは決して多くなかった。しかし、Jazz The New Chapter 5でのインタビューを読めば、クラシック音楽的な文脈なしにカマシを理解することなど出来ないと思わされるほど、濃厚な関係にあることがはっきりする。

👉むすびに

かつてマイルス・デイヴィスは、ファンや評論家が自分たちの音楽の変化についてこれないことに対して「勉強が足りない」といった趣旨の怒りをぶつけていたことがある。それは、オーディエンスが過去の価値観にしがみついて変わろうとしないことへの苛立ちでもあった。

Jazz The New Chapterシリーズは、聴き手に「何に着目すれば、そのミュージシャンを面白く聴けるのか」を提供する本である。

単なるディスクガイドではないのだから、Jazz The New Chapterに取り上げられているアーティストやアルバムを、ただ聴くだけでは意味がない。書かれている文章(インタビューや論考やレビュー)を読むことで、あなた自身の価値観が変わることが重要なのだ。

正直に白状すれば、Jazz The New Chapter 5に掲載されているインタビューを読むまで、私はカマシ・ワシントンをどう聴いてよいか全く分からなかった。『The Epic』も長らく、ピンとこなかったのだ。ところが、Jazz The New Chapterでのインタビューを読んでから(こうも変わるのかと自分自身が驚くほど!)、カマシの音楽が面白く聴けるようになった。

そのためには最低限、カマシの音楽にコルトレーン、ドルフィー(……など、誰でも良いのだが)、カマシ自身以外のサクソフォン奏者の影を必要以上に追わないことが必要となる。カマシの音楽なのだから、カマシを聴くべきなのである(そんな当たり前のことが、古参のファンほど難しくなってしまうというのは、どのジャンルでもよくある話だろう)。


Jazz The New Chapterがもたらしてくれるのは、現代ジャズへの入り口だけではない。「旧来の価値観に囚われすぎずに、音楽を楽しむ素晴らしさ」が、どうか多くの人々のもとへと届きますように。

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