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RADWIMPSによる『天気の子』の“音楽”を読み解く

以前にも新海誠監督の「『君の名は。』を音楽から読み解く」という趣旨の投稿をしたのだが、今回は3年ぶりの新作となる『天気の子』の音楽を分析してみたいと思う。

この分析をお読みいただければ、新海誠監督とRADWIMPSのコラボレーションは前作以上に密なものとなっており、音楽が物語構造を支える重要な柱を担っていることがご理解いただけるはずだ。主なポイントは3つ――

1)既存の「劇中使用曲」を使う意味
2)前作風の音楽によって何を伝えるか?
3)「歌詞付きの歌」が登場するまでのプロセス

ここから順番に解説していこう。

1)既存の「劇中使用曲」を使う意味

まずは簡単に説明できる部分から始めよう。『天気の子』は前作に引き続きRADWIMPSが音楽を担当しているのだが、既成曲もいくつか登場する。

その違いはどこにあるかといえば、劇中で登場人物も聴こえているであろう音楽(つまり「画面内の音」!)には既存の音楽を使用し、RADWIMPSによる楽曲は登場人物には聴こえず、観客のみが聴いている(つまり「画面外の音」!)のだ。そして、映画そのものの構造に関わってくるのは基本的に後者についてとなる。

2)前作風の音楽によって何を伝えるか?

須賀さんのオフィスを訪れ、夏美が起きたあとに流れる「03. K&A 初訪問」はオルガンを主体とした楽曲なのだが、どこかで聴いたことがある(デジャヴ)のような感覚に襲われないだろうか? それは前作『君の名は。』における「糸守高校」という楽曲にあえて似せてつくっている楽曲だからだ。楽器や調(Key)こそ違うが、冒頭の旋律の動きだけでなく、コード進行そのものが基本的に同じ枠をなぞっていっている。

こうすることで「映画外からの意味」を持ち込むことが出来る。『君の名は。』を観た人がこの曲を聴けば、三葉(中身は瀧)が見ず知らずの糸守高校において、てっしー&さやちゃんとの交流を通して自分のポジションを確立していく、微笑ましい日常を思い出すことだろう。帆高にとってK&Aという職場は、そういう場所なのだということを音楽だけで、感覚的に伝えることが出来るというわけだ。

他にも帆高が初めて陽菜の自宅を訪れる際に流れる「10. 御宅訪問」は、『君の名は。』における「三葉のテーマ」との始まりの旋律とコードが共通している。

こうした手法は、いわば前作キャラクターが登場するのにも似ている。単なるファンサービスというだけでなく、本作に瀧や三葉が登場するのは、現実を生きる我々が気づいていないだけで、こうした事件や軌跡のような出来事が知らず知らずのうちに沢山起こっているのだ……ということを伝えるうえで重要な要素となる。映画の世界を繋げ、広げることは、新海作品の本質とも連なっているのだ。

3)「歌詞付きの歌」が登場するまでのプロセス

本作において、最も興味深いのはRADWIMPSによる主題歌の扱いだ。『君の名は。』では計4曲登場していたが、『天気の子』では5曲も登場。とりわけ重要になるのは、「28. グランドエスケープ (Movie edit) feat.三浦透子」と「 31. 愛にできることはまだあるかい」。両者ともに、物語の終盤までヴォーカルの野田洋次郎によって歌われることはないのだが、それ以前に何段階にも分けて、旋律が予兆として少しずつ登場していったりする仕掛けがとられているのだ。順番にあげてみよう。

例1)「28. グランドエスケープ (Movie edit) feat.三浦透子
第1段階:陽菜にハンバーガーをもらう「02. 優しさの味」でAメロが初登場
第2段階:逃げ込んだ廃ビルで、帆高の前で晴れを祈る「08. 晴れゆく空」でBメロが初登場
第3段階:フリマの初バイトで晴れ間が差してくる場面の「11. 初の晴れ女バイト」でサビが初登場
第4段階:クライマックスの救出シーンで初めて歌詞付きで歌われる

つまり、グランドエスケープの旋律は陽菜と帆高が出会い、その距離を縮めていくなかで登場する(≒生まれていく)のだ!映画のなかで、そういう構造をとっている。一方、「 31. 愛にできることはまだあるかい」では少し違った演出方法がとられている。

例2)「 31. 愛にできることはまだあるかい
第1段階:そもそもリズムがグランドエスケープのAメロと近似しているため、「02. 優しさの味」の時点でサビのリズムだけが先に登場しているともいえる。
第2段階:その上で「08. 晴れゆく空」において実際に晴れ間が差し込んできたところでサビの旋律が初登場
第3段階:3人でラブホテルに滞在したときに流れる「20. 家族の時間」が「愛にできることはまだあるかい」のインストバージョン(ピアノがメイン)なのだが、ここでAメロが初登場
第4段階:夏美のバイクを降りて、ひとり走り続ける帆高のバックで流れる「26. 陽菜と、走る帆高」も「愛にできることはまだあるかい」のインストバージョンなのだが、今度はピアノだけではなく次第にオーケストラへとサウンドを拡大。少しずつ盛り上げていく。
第5段階:銃を再びかまえるシーンで流れる「27. 愛にできることはまだあるかい (Movie edit)」で、初めてこの曲が歌詞付きで歌われる。
第6段階:救出して地上の世界に戻ってきたところで流れる「29. ふたたびの、雨」は、「 31. 愛にできることはまだあるかい」の後奏部分を抜き出したものなのだが、最後のリフレイン(映画の結論部分)だけは歌われない。
第7段階:スタッフロールで初めて、ラストまでフル尺で歌われ、最後のリフレインの歌詞がはじめて、疑問形の「愛にできることはまだあるかい」ではなく、肯定形の「愛にできることはまだあるよ」に転じて、映画を締めくくる。

こうした手法により「映画内で意味を関連付ける」ことが出来る。他にも、「01.『天気の子』のテーマ」冒頭の旋律は、「11. 初の晴れ女バイト」で変奏されて登場したりと、映画全体にそういった関連性が張り巡らされている。

4)全体分析

以上を踏まえて、その他の楽曲も含めた音楽の構成について順番に追っていこう(🎼はサントラに収録されたRADWIMPSによる楽曲、🎵は劇中で登場するがサントラには収録されていない既存曲)。こうした情報をもとにどう物語を読み解くかは、あなた自身次第。是非、サントラを聴きながら下記の構成を理解した上で、映画をもう一度観てみよう。また違った感動が味わえるはずだ。

*イントロダクション*

🎼 01.『天気の子』のテーマ
🔴F# minorではじまり、GM7の借用和音で“晴れ”を表現。最終的にはA majorへ。

*第1部*

🎵 ワルトトイフェル:スケーターズワルツ(スケートをする人々)
🔴フェリーの食堂のBGM
 🔵ゲーム『けっきょく南極大冒険』からの引用(※小説版に記載有り)
 🔵劇中で登場人物も聴こえているであろう音楽には既存の音楽を使用することで、RADWIMPSによる楽曲と使い分けている。

🎼 02. 優しさの味
🔴前奏は「08. 晴れゆく空」冒頭に、ピアノの逆再生を付加
 🔵前作と異なり、逆再生を違和感や問題が生じる際に使う傾向あり
 🔵物語が本格的に動きだす「晴れゆく空」では別の展開に

🔴その後は「28. グランドエスケープ」のAメロ
 🔵つまり「グランドエスケープ」は陽菜との出会いの音楽でもある!予兆的・予言的な音楽の使用方法(※「愛にできることはまだあるかい」サビのリズムとも共通。「祝祭」Aメロのリズムも近似)

🎼 03. K&A 初訪問
🔴『君の名は。』の「糸守高校」と同様のコード進行
 🔵どちらも、いわば異世界を訪れたなかで最初の安住の地であり、試行錯誤しながら自分の立ち位置を見つけていく場(※なお前作で「糸守高校」の音楽が、「飛騨探訪」でも使われていたのは薄っすらと無意識に残った記憶を表現するため)

🎼 04. 占秘館へようこそ
🔴あえて無国籍風にすることで胡散臭さを強調(※実際は話の終わりの部分は重要な伏線なのだが、音楽面ではそれを表現せず)

🎼 05. K&A 入社式
🔴「03. K&A 初訪問」の派生形
 🔵帆高が入社を決めた瞬間に金管楽器が加わる

🎼 06. 風たちの声 (Movie edit)
🔴ストーリー上の立ち位置としては、前作の「前前前世」に相当するが、曲の存在感をやや弱めることで、MV風になりすぎないようにしている。

🔴歌詞の「神様早く次を僕にくれよ」は、ラブホテルでの一夜に対する前振りでもある。この時点では、(苦労も含めて)もっと足してほしいという願望。
 🔵例えばBメロは「愛にできることはまだあるかい」サビのリズムを強拍に前倒ししたものと捉えることも出来る。気持ちが先走る感じを表現。

🎼 07. 陽菜、救出
🔴電子音のドローンを主とした音楽
 🔵この方向性の楽曲が初登場することで話がシリアスな方向に転がりだす。前作における「記憶を呼び起こす瀧」に似ている。
 🔵「ソ」の保続音ではじまるが、これは他の楽曲でも音色をかえて登場。この高音の「ソ」は、空の「そ」から文字ったものか?

🔴暴力的なシーンに転じると、逆再生の要素が挿入される。

🎼 08. 晴れゆく空
🔴前奏は「優しさの味」冒頭と共通だが、逆再生なし
 🔵晴れ女シーンではないことと、この前奏のコードは、心(思い)が通じた瞬間を表現?
 🔵深読みすれば『君の名は。』との違いを示唆?

🔴中盤は「28. グランドエスケープ」のBメロ
 🔵陽菜との関係を深めていくことで、新しい旋律が登場

🔴後半、晴れ間が差し込むとC majorからD majorに転調して「31. 愛にできることはまだあるかい」のサビが初登場

🎼 09. 空の海
🔴電子音のドローンを主にした音楽
 🔵前作の「消えた町」「図書館」「旅館の夜」と同系統の音楽
 🔵主人公が世界の異変を感じるシーンという共通点

🎵ショパン:24の前奏曲 作品28 第15番 変ニ長調「雨だれ」
🔴ホテルのカフェ(?)のBGM
 🔵主に中間部の短調のセクションを使用することで雨の憂鬱さと、須賀圭介の心象を重ね合わせている

🎼 10. 御宅訪問
🔴旋律が「ドレミ」、コードが「FM7」ではじまるのは前作「三葉のテーマ」と同じ。
🔴中間部はペンタトニック(五音音階)によって安心感と懐かしさを表現
🔴終わりの部分の半音階上行は、コメディ的な表現

🎼 11. 初の晴れ女バイト
🔴「01.『天気の子』のテーマ」の旋律の変奏ではじまる。
 🔵もともとこの旋律は過去(陽菜を取り戻した日)の回想として流れていたもの

🔴その後「28. グランドエスケープ」のサビ(合唱が重なる部分)が初登場

🎼 12. 祝祭 (Movie edit) feat.三浦透子
🔴「06. 風たちの声 (Movie edit)」における歌詞「神様早く次を僕にくれよ」を実現しつつあることを表現した音楽

🔴オペラにおけるアリア、ミュージカルにおけるナンバーのようにここまで積み上げてきたものを感情的に爆発させている。
 🔵登場人物自身が歌わずとも(だからこそ歌詞は直接的ではなく比喩的な内容で歌われる)、ミュージカル映画のような音楽的な爆発力をもたせることに成功している。

🎼 13. 花火大会
🔴前奏は、電子音と弦楽器のピチカートの組み合わせにはじまる。
🔴その後は「10. 御宅訪問」の旋律というか、前作「三葉のテーマ」の変奏のようになっている。

*第2部*

🎵ショパン:ノクターン 第2番 変ホ長調(Op. 9 No. 2)
🔴車移動中のBGM

🎼 14. 気象神社
🔴こちらも前作の「消えた町」「図書館」「旅館の夜」と同系統の音楽
 🔵ピアノでも弦楽器のピチカートでもなく、ハープを取り入れることで、か細さ、繊細さを表現?

🎵三波春夫:チャンチキおけさ
🔴飲み屋のBGM
 🔵歌詞に「一人残した あの娘」「故郷を出るとき」といった本作を思わせる単語がチラホラあらわれる

🎵Lantan:Berry Days(※おそらく……)
🔴アクセサリーショップで聴こえるBGM

🎼 15. 芝公園
🔴これまでとは逆で、すぐに晴れた場面になるため、明るい雰囲気からはじまり、
🎼 16. 二つの告白
🔴この曲がかかるシーンになると雨が降るのと、陽菜の悲しい運命が明らかになるため、暗く転じる
🔴前奏の後に登場する「ドレミファソファ~」ではじまる旋律は、「13. 花火大会」の変奏としても捉えられるかもしれない
🔴後半は「02. 優しさの味」の冒頭(「08. 晴れゆく空」冒頭に、ピアノの逆再生を付加したもの)が再登場
 🔵より加工を強めることで、違和感を強めている

🎵iPhone着信メロディ(マリンバ)

🎼 17. 首都危機
🔴電子音だが、明らかにそれまでと異なるサウンド(主に金属的な音色)を
 用いることで天候の異常状態を際立たせている

🎼 18. 真夏の雪
🔴シンセサイザーのクワイアの音色で神秘性を表現
🔴空と陽菜が繋がっていることを帆高が実感するシーンでもある

🎼 19. 天気の力
🔴前作の「図書館」に近い雰囲気の楽曲
 🔵信じたくなかった真実(なぜ晴れ女になり、それにより
  どんな代償を払うことになったのか?)を目の当たりにするから?
🔴「07. 陽菜、救出」と同じく「ソ」の保続音ではじまる
🔴後半では逆再生的なサウンドも挿入
🔴ただし、劇中での存在感は薄い

🎼 20. 家族の時間
🔴「31. 愛にできることはまだあるかい」のピアノ・ソロ+電子音の編曲
 🔵本物の家族と離れ離れにある3名にとって、最高の幸せ
 🔵何も足さず、何も引かないという趣旨の台詞の充足感を「31. 愛にできることはまだあるかい」の旋律で表現。(※Aメロの旋律は、ベートーヴェンの「エリーゼのために」に近似)

🎵カラオケ(「恋するフォーチュンクッキー」「恋」)

🎼 21. 消えゆく陽菜
🔴「07. 陽菜、救出」「19. 天気の力」と同じく「ソ」の保続音ではじまる
🔴「30. 大丈夫 (Movie edit)」のピアノ・ソロ編
 🔵つまり「30. 大丈夫 (Movie edit)」の旋律は陽菜の“存在”についての楽曲

🎼 22. 永遠の雲の上
🔴不協和な電子音が孤独さ、寂しさを強調
🔴そこに乗るピアノによる途切れ途切れの旋律が存在が不確かになりつつある陽菜を表現

🎼 23. 晴天と喪失
🔴前半(晴天)は、突然の日差しの強さを表現
🔴後半(喪失)は、「16. 二つの告白」と「13. 花火大会」の旋律が再登場
 🔵第1部の終わりと関連させることで、第2部の終わりであることを際立たせている。

*第3部*

🎼 24. 帆高、逃走~子供達の画策
🔴再びドラマが動き出す際に流れ出す
🔴「子供達の画策」の場面になると、リズムだけになる

🎼 25. バイクチェイス
🔴前作の「作戦会議」にあたる楽曲
🔴行き先がはっきりし、本格的なカーチェイス開始

🎼 26. 陽菜と、走る帆高
🔴「31. 愛にできることはまだあるかい」のオーケストラ編
 🔵ただし、最初と最後以外は主旋律が不在。サビが際立つ編曲に!その旋律不在の間に、陽菜との過去を回想。
 🔵帆高が周囲の顔色をうかがうことなく、自分の思いを貫き通す場面を表現。

🎼 27. 愛にできることはまだあるかい (Movie edit)
🔴銃を再びかまえるシーンで流れる
 🔵これまで何度も登場していた主題歌がはじめて歌詞付きで歌われる。歌詞の内容は、帆高の気持ちの代弁であり、それが須賀にも伝わる。
 🔵ただし、まだ1番だけなので結論が先延ばしにされている。

🎼 28. グランドエスケープ (Movie edit) feat.三浦透子
🔴高音で繰り返される「ファ♯ミ」という音型は「31. 愛にできることはまだあるかい」サビ冒頭からとられたもの
 🔵つまり「愛」という歌詞を繰り返しているような意味になる?
 🔵その他の反復音型も、他の楽曲からの引用の可能性があるが、まだ不明
🔴本格的に合唱が取り込まれることで、これまでの音楽になかったスケール感(オペラやミュージカルのような!)を発揮。音楽上は最大のクライマックスとなる。

🎼 29. ふたたびの、雨
🔴「31. 愛にできることはまだあるかい」の後奏(Aメロ)を抜粋
 🔵最後のリフレインをカットすることで、再び結論を先延ばししている。

🎵仰げば尊し

🎼 30. 大丈夫 (Movie edit)
🔴サビの一部にカノン(輪唱)有り
 🔵2人のイメージの表現か?

🎼 31. 愛にできることはまだあるかい
🔴「28. グランドエスケープ」の合唱を想起させるイントロ
🔴フルで歌われることで「29. ふたたびの、雨」での問い対して初めて「愛にことはまだあるよ」とはっきり肯定して終わる。

5)終わりに

さて、ここまで音楽に的を絞って、『天気の子』がどう(読み取れるように)作られているかという視点で、分析をすすめてきた。では、それを踏まえて、この映画をどう結論づけるか?――

――それは、あくまであなた自身が考えることなのです。あくまで私が提供できるのは、解釈のもととなる材料とモノの見方だけ。それを理解し、その上でこの映画を、この物語をどう捉えるかは、観客ひとりひとりに委ねられているのです。

この分析をもとに、『天気の子』の見え方がどう変わったのか? 是非、SNSで投稿し、議論していただきたいなと思います。



(※この記事は無料公開しておりますが、投げ銭は大歓迎です。少なくとも、映画の鑑賞●回とサントラやパンフレットの購入代金はかかっておりますし、投げ銭の金額が増えないと正直、こういった記事を書く時間や労力が捻出するのが難しいのが現状です……もし、何か得るものがありましたら、お気持ちだけでもいただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。)

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