見出し画像

オレは女が嫌いだが 5

「おい、お前!!」

「お前やない、シュリや」

 女は静かに言った。そう言えばこの女、時々大将にシュリと呼ばれていた気がする。どんな字だろうか? 洒落た名前だな、って違うだろ! オレ!!

「そうじゃなくて!! 龍の落とし子って、自分の金で頼めよ!!」

「昨日、京平君を介抱してやったの、誰か分かってんの?」

 シュリは目を細めて笑う。この野郎、ムカつく。

 オレは何も言い返せなくなって、ひとまずビールを注文した。

「それで、誰が面白味に欠けるって?」

 般若のような顔でオレは言った。この女、許すまじ。

「ん? 京平君。アンタ、顔に思たこと出るし、女嫌い、女嫌い言うけど酔ってから林田さん? やっけ? の話しかせんし。気持ち悪かったわ~」

「お前なあ!!」

「せやから言うてるやろ、シュリやて。朱色の朱に里、朱里」

「ぐぬっ……!」

 口も立つし、態度もデカいし、なんなんだこの女。勝てない。

「おっ、来た来た! 龍の落とし子!」

 朱里は嬉しそうに大将の持ってきたグラスを見つめている。大将も大将で本当に持ってくるんだなと、オレは苦笑いするしかなかった。

 すぐにオレの生ビールも目の前に置かれて、オレは不本意な思いのまま乾杯した。

「なぁ、知ってるか?」

 朱里がこちらを見てささやいた。

「タツノオトシゴて、メスがオスを孕ますんやで?」

「え?」

 その時のオレの顔を、もし見られるのであればオレも見てみたい。ものすごい顔をしていたことだろう。

「タツノオトシゴは、オスの育児嚢にメスが卵を産み付けるんよ。ほんで、オスが身籠って二週間で卵を孵す」

 グラスにひと口、口をつけた朱里が笑う。

「そんな純粋やと、女に好き勝手食い荒らされて来たんやろ?」

 図星過ぎて何も言えなかった。オレと真っ直ぐ向き合ってくれた女は一人だけだった。いや、その女でさえ本当はそうではなかったのだろう。

 自分の心が陰るのを感じた。

 朱里がオレの肩に腕を回した。

「しゃーない。私がアンタに女を扱ういろはを教えたるから、気張り!」

「え?!」

 オレと大将の声が重なった。

「なんか面白なりそうやな」

 そうやってつぶやいた朱里の目は、明らかに善意のものではなく、ただの興味本位だと語っていた。

 腹が立った。だが、甘い言葉でオレを誘惑してきた女なんかより、ずっと信頼できる気がして。オレは気付いたら笑っていた。

 それはやがて高笑いに変わり、なぜかそれを見た朱里も同じように笑った。

 だんだんおかしくなってきて、オレは涙を流して、大将からおしぼりを受け取ったのだった。

続く

おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)