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ルームライトさん

きゅい、ぱたん。かちゃ、かちゃり。
 
ドアを開けて閉じる音と、鍵を閉めてドアチェーンをかける音。
 
ぱちん。
 
今度はリビングのドアの脇にある電気のスイッチを押す音。
 
みみちゃんが帰って来た。
 
僕は、うんしょっと気合いを入れて明かりをともし、お部屋の中を明るくする。
 
僕はみみちゃんのお姉さんが実家のおへやで使っていたルームライトで、2人がめいめい実家を出るときに、ガラスのつくえさんと一緒にこのおうちに来た。
 
みみちゃんは「うーん」といっかい伸びをして、「ただいまー」と言う。
 
みみちゃんはひとり暮らしだけど、ちゃんと「おはよう」も「いってきます」も「ただいま」も、「いただきます」も「ごちそうさまでした」も「おやすみ」も言ってくれる。
 
それもただのひとり言みたいな感じじゃなくて、ぼくたちみんなにあいさつしてくれるみたいなようすで声をかけてくれる。
 
僕たちはみみちゃんのそういう丁寧なところをとても好ましく思っている。
 
みみちゃんは洗面所で手を洗ってうがいをして、それから着ているお洋服を脱衣かごに入れて部屋着に着替えた。
 
足元は、今年の1月にデパートのセールでみつけたお気に入りのジルスチュアートのスリッパだ。
 
みみちゃんはお母さんとお姉さんにただいまのメールを送ってから「はーっ」と大きく息を吐いて椅子に座り、両手で肩をもみ始めた。
 
今日は残業だったみたいで、ごはんもまだなのにもう夜の8時半を回っている。
 
みみちゃんは簡単な夜ごはんをすませてお風呂に入り、寝る前のルーティンにしているストレッチを始めた。
 
なんだかとても疲れているようすで、今日はいつもよりストレッチの時間が短い。
 
みみちゃんはまたまた「はーっ」と大きく息を吐いてから明かりを消し、「おやすみー」と言って布団をかけて寝てしまった。
 
それから3時間くらいたった頃だろうか、みみちゃんがベッドサイドのライトをつけて体を起こして深呼吸をし始めて、僕たちはみみちゃんの異変に気がついた。
 
みみちゃんは両方の鼻が詰まってしまったらしく、とても苦しそうにしている。
 
みみちゃんは呼吸器系が弱くて、日頃からよく鼻をかんだりくしゃみをしたりしている。
 
でもいつもはここまで苦しそうにはしていなくて、みみちゃんが必死に口だけで呼吸している姿を見て、僕はとても心配になった。
 
ああどうしよう、あんなに肩を上下させてしんどそうにして。
 
がんばってみみちゃん、きっとよくなるから。がんばって、がんばって、、、
 
ううん、やっぱりがんばらないで。
 
僕は思った。みみちゃんはもうじゅうぶんがんばっている。
 
鼻もつまるし朝の早起きがあんまり得意じゃないのに、それでも毎日ちゃんと決まった時間に会社に行っている。
 
おうちもいつもきれいにして、健康のことをかんがえてごはんをつくって規則正しく暮らしている。
 
ごめんね、みみちゃん。僕は見守ることしかできないんだ。
 
僕はかなしくなって、人間や動物でもないのに涙がこぼれそうになった。
 
いざというときに、なんにもしてあげられない。でも。
 
僕は思い直した。
 
僕はみみちゃんを見守ることができる。
 
みみちゃんが早くよくなりますようにってパワーをおくってあげることができる。
 
いよいよってときにはみみちゃんのお姉さんに念力をおくって、みみちゃんのピンチを知らせてあげるんだ。
 
だからみみちゃん、その調子で深呼吸だよ。朝にはきっと楽になるよ。
 
みみちゃんがいるからみんなと声をかけ合うことはできないけれど、みんなもおんなじ気持ちのはずだ。
 
僕はみみちゃんのからだが少しでも早く楽になるようにと願いながら朝を待った。
 
朝が来て、けっきょく一睡もできなかったみみちゃんは9時になってから会社をおやすみしますと電話していた。
 
そうだよみみちゃん、会社なんてやすんじゃえばいいよ。
 
みみちゃんのけつだんに僕は大賛成した。みみちゃんの代わりに仕事をする人はいるけれど、みみちゃんの代わりは世界じゅうどこにもいないんだから。
 
みみちゃんは窓をあけて空気の入れ替えをして、それからてつこさんにお水を注いでから火にかけた。
 
みみちゃんの鼻はまだ完全にはとおっていないみたいだけど、それでも夜中よりはずっとよくなっているみたいでほっとする。
 
僕にできること。みみちゃんを見守ること、みみちゃんの健康を祈ること。
 
僕はみみちゃんが今日一日をゆっくりやすめますようにと朝日にしっかりお願いをして、お白湯をのむみみちゃんの小さな背中に元気パワーをおくった。

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眠れない夜に

この小さな物語に目を留めてくださり、 どうもありがとうございます。 あなたとみんなの今日が、しあわせで 満ち足りたものであることを心から願っています。 明日もその先も、きらきら。 鈴木春夜