僕悪

『僕は悪者。』⑤

  五
翌日、哀れな田口は健気にも学校に来た。俺は相変わらず、誰にも認識されることもなくただ田口を観察した。幸い彼の席は俺の隣だった。
彼はいつも通りに学校に来ると、いつも通りのグループのところに行き会話に参加しようとした。だが、無視される。
それからも悲惨だ。何度か色々な人に話しかけてみることを試みるが全ての人に無視される。
ああ、哀れだ。哀れだ、田口。お前は何もわかっていない。いじめってのはそういうことだ。お前がどういう風に感じているのか俺には自分のことのようにわかる。
まだお前の心には憎しみなんて感情は浮かんでいないだろう。
そこにあるのはただただ恐怖だ。
これから先自分はカーストの最下層で生きていかなくてはいけないという恐怖。友達には無視され、恋人ができることも望めないという恐怖。自分はもうバラ色の青春を送れないという恐怖。待っているのは限りなく真っ黒に近いどす黒い灰色の青春だという恐怖。
優越感と劣等感が渦巻くクラス内カーストの最底辺。つまりは匪賊になった田口はこれからありとあらゆる劣等感を感じて生きていかなくてはいけない。この小さな檻のような学校というシステムを抜け出すまでは、優越感を感じることはできない。
まあ、俺のように、媚びへつらって楽しくもないのに楽しそうなふりをしてカースト上位の人間と生きていかなくてはいけないゴミカス同級生を見下して、それよりも一人でいる方が幸せだと悟りを開くこともできる。だが、田口がその境地にたどりつけるのはまだまだ先だろう。
田口は何度かカバンをガサゴソとした。何か探し物でもしているような雰囲気を出して、気分を紛らわそうとしているっていうのかい?
そんなことをしているぐらいなら、机の上に置いてあるシャープペンでお前のことを無視した友人のことでもぶっ刺したらどうだい?そうしたらお前の元友人はお前を無視することはできないだろう。
ああ、そういえばこれは僕も試したことがないぞ。
無視されている時に、無視している相手を本気で殺しにかかったら相手は無視を続けるのだろうか?
まさかナイフを刺されても無視することはないだろう。じゃあ殴るのは?無視できないか。肩に触れるぐらいなら?無視するかもしれないし、逆にキレられたり、その肩についた匪賊の菌を他の豚カスにつけあったりして遊ぶかもしれない。
なあ、田口。お前は今怖いんだろう。
なあ、まだブチギレないのかい?さっさと大山にシャーペンでもぶっ刺してこいよ。
でも、できないよな田口。それは俺がそのうちにやってやるよ。お前はまだそこまでの人間じゃない。
俺は大山たちを実際に殺すときのことを考えた。妄想ではなく、より詳細なシュミレーションだ。
どう殺すか。道具は何を使うか。包丁は手に入りやすいがカッコ悪い。本当は機関銃がいいのだけれど手に入るわけがない。
日本刀もかっこいい。だけどこちらも手に入らない。
そうだとするとナイフか。なるべく尖っていて刀のようなナイフがいい。
近々買いに行くことにしよう。
そのあと俺は、同級生と豚ゴミ供を刃物でバッサバッサと切りつけることを想像しながら過ごした。
田口はというと机に伏せて寝ているフリをしている。
何を考えているんだか。
俺の頭の中では女も殺されている。ただ普通には殺さない。俺が美人だと思う女は紐でくくりつけて恐怖に叫び声を上げさせながらレイプしてからだ。
さらに彼氏のいる女は、彼氏も女もくくりつけて、女をレイプしているところを彼氏に見せつける。そして彼氏を殺し女も殺す。そうすることで両方にとって最悪の最後を用意することができる。
最高の悪者じゃあないか。
田口も持田由美をレイプしてから大山を殺すことを想像すれば、今の状況にあっても将来に向かって目標を持ち続けることができるのに。ああ、あいつは考えていないだろうな。
大山はというといつも通り楽しそうにヘラヘラとしている。
チャラついた髪の毛は昨日死刑を執行した裁判官には全く見えやしない。
全く小さな世界に生きているカス供というのはすぐに自分がすごいやつだと勘違いする。
そういう奴は全員去勢した方がいい。
そうだ。去勢だ。
俺はどうして今までの妄想の中でそれを思いつかなかったのだろう。同級生を全員動けないように紐で結んで、全員のキンタマを麻酔なんてしないで削ぎ落とす。
ああ、なんて素晴らしい発想だろう。
楽しみだ。これは是非実行に移したい。
「なあ知ってるか。猫って去勢されてるだろう。あれって、猫のためだっていうんだよ。病気の蔓延を防げるとかそうやって言うんだ。でも、本当は人間が管理しやすくしたいだけなんだよ。俺もお前らのことを管理したいから去勢すると思うかい?違うさ、ただ気にくわないからだよ。」そう笑いながらナイフをキンタマに突き立てよう。
ヘラヘラしている同級生どもは全員恐怖でションベンをちびるかもしれない。そしたら手にかかってしまうわけか。その時はゴム手袋でもつけてキンタマを削ぎ落とすことにしよう。
俺が充実した妄想をしていると、今日の学校はあっという間に過ぎていった。
気がついたら最後の授業が終わった。今日は掃除当番もない。あとはこの小さな監獄(またの名を高校)から帰って、家で心の落ち着いた時間をすごそうじゃないか。
と、思っていたのに、予想外に面白い場面に遭遇してしまった。
帰りのホームルームの後、俺が帰ろうと廊下に出たら、担任に田口が駆け寄って話しかけていたのだ。
そう!あのアホ田口は自分がいじめられ始めたことを担任クソ豚ゴミに相談しに行ったのだ。
ああ、あんてアホな男だろう。ブサイクなのにアイドルになることを憧れてしまった少女よりも、魚釣りの餌になる赤虫よりも、そこらへんに生えている雑草よりもアホだ。
いじめを教師に相談する。
そんなことで何もならないし何も起きない。
おっと、教師のことをこれからは豚ゴミと呼ぶことにしていたのに、うっかり昔の癖で教師と呼んでしまった。
いじめを豚ゴミ供に相談する。
そんなことをして何になるのか。しかもよりにもよって、俺らのクラスの担任の豚ゴミは大山が所属しているバスケ部の顧問だ。
クラスの中心的人物で部活の教え子の可愛らしい生徒と帰宅部でいじめられ始めて友達も少ない田口。担任の豚ゴミはどちらにつくと思う?
豚ゴミは豚ゴミだ。長いものに巻かれるし、別に教職についているからと行って弱者に優しい訳でもない。
もっと論理的に考えろ。田口。俺は彼が教師に話かけている脇をいつもよりもゆっくりと歩いた。
田口は必死の形相で昨日あったことを話している。
教師の顔はというと、「面倒ごとに関わりたくない。」という顔だ。
ほらな田口。お前はアホだよ。
そして俺はいつも通りの楽しい放課後を過ごした。


(つづく)

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