僕悪2

『僕は悪者。』 14

  一四
翌週の月曜日。俺はいつもと同じように学校へ出かけた。相変わらず隣の席は開いたままだ。
だが、彼女は死んでいない。学校に来ることができなくても、死んでいるよりはずっとマシだ。
救急車が彼女を連れて行き、俺は後から来た警察の取り調べを受けた。なぜこんなところにいたのかしつこく聞かれた。俺はナイフを持っていることが見つかったら大変だから、内心はションベンがちびりそうなほどびびった。
だが、彼女と待ち合わせをしていたがその時間に来なかったので、連絡先も知らないから通り道の公園とかをなんとなく探しに来たと言って、一応は納得してもらえた。
よく考えれば、高校生が遅い時間に待ち合わせなんて不自然なのに、担当した警官がバカでよかった。
彼女は睡眠薬で自殺しようとしていた。容量よりもかなり多く飲んだらしい。
片桐美梨のカバンから空になった睡眠薬が見つかったらしい。
これは今日の朝、片桐美梨の母親から我が家に電話がかかって来て知ったことだ。彼女の母は見つけた俺にお礼を言ってくれた。その母親に、俺はしつこくなぜあんなところに倒れていたのか聞いた。そして彼女の母親は気まずそうにそう答えた。
俺は呆然と彼女のいない机を眺めた。元田口のその席は短期間で二人も主人を失ったことになる。しかもそれが俺の隣の席となっては、朝から俺の周りで「呪いの席」という単語が飛び交うのも仕方がないことだろう。どこから漏れたのか彼女の自殺未遂の話はもうクラス中に共有されていた。
彼女は目が覚めたのだろうか。
だんだんと教室の中に人が増えて来た。
俺の心は真っ黒だった。かつてないほどに黒い。真っ黒だ。しかも綺麗な色じゃない。赤色、黄色、灰色、青色、緑色、オレンジ色、茶色、紫色、そのほかありとあらゆる名前のつけられた色や名前のつけられていない色が混ざり合ってできた汚らしい黒だ。
俺のありとあらゆる感情が心を黒くした。
そんなとき、大山は意気揚々といつも通りに教室に入って来た。近くにいる数人と挨拶をかわし自分の席に向かう。
俺は立ち上がった。妄想でではなく実際に立ち上がった。大山の顔を見ると我慢ができなくなった。
片桐美梨は自殺未遂をしたというのにこの男は飄々と登校している。
同級生たちの間を抜け大山の方に向かう。
大山は自分の席で周りに友人をはべらして楽しそうに談笑している。
「なあ。」俺は話しかけた。周りのやつも匪賊の俺が突然来て驚いていた。
大山は振り返った。俺は大山のその顔を思いっきり殴った。俺の右手は大山の鼻がグシャというのを感じた。
なんだ、妄想と同じじゃないか。意外とできるもんだ。
周りの腐れカスどもは驚いたように口を開いている。俺は間髪つけずに大山の頭を机に押し付けた。
その頃には周りの奴らが俺のことを止めに来た。だが、俺は大山を離さない。大山の口に俺は自分の右手をねじ込んだ。
左手で大山の頭を押さえ、右手は大山の口の中。周りの奴らが俺と大山を引き剥がそうとしても無駄だ。俺は大山の舌を口の奥深くで握っていた。大山は苦しそうに嗚咽を漏らしている。
目にはうっすら涙すら浮かんでいる。
「おい、やめろよ。」誰かが俺の手を引き抜こうとした。だが、そうすれば大山はまた苦しそうにする。俺は爪で大山の喉をキリキリと傷つけた。その度に大山は気持ち悪く嗚咽を漏らした。俺の手に大山のねっとりとした唾液が絡む。
「おい、お前片桐美梨に何した。お前だってことはわかってんだよ。何した?」俺は怒鳴った。教室中のカスどもが周りに集まってきた。本当ならこいつら全員をぶち殺してやりたかったが、しょうがない。まず狙うはスクールカーストの頂点だ。
大山は必死に何か言おうと口を動かす。だが、口には俺の手を突っ込まれ、何も声を出すことができない。息がしづらいのか、手の隙間からプヒュープヒューと奇妙な音がした。
「お前ら邪魔くせえんだよ。俺の邪魔したらこいつ殺すぞ。」俺はまだ引き剥がそうとして来るやつらに向かって怒鳴った。途端そいつらは遠ざかった。本当に根の弱いゴミ雑魚どもだ。
「おい、鈴井。お前も何か知ってんだろ、片桐美梨に何した。」
「は?お前頭大丈夫かよ。何もしてねえよ。」鈴井は生意気にもそう答えた。俺はムカついた。ムカついたから大山の喉をさらに手で掻いた。大山はバタバタと暴れた。大山も大山で必死なようで、俺のことを引き剥がそうと手を殴ってみたり、引き抜こうとしたりするが、俺はその度に大山の頭を左手で殴った。
「お前わかってんのか状況を。正直に答えないと殺すぞ。いいか、左手でも首を締めれるし、右手も口の中だ。いつでも殺せんだよ。」俺は怒鳴った。
少しためらっていたが、どんどん青くなっていく大山の顔に気がついたのか鈴井は口をもぞもぞと動かした。
「何って。片桐美梨の前の学校に知り合いがいて、そいつらを呼んで片桐と遊んでやろうと思ったんだよ。」鈴井はふてくされたように答えた。
なるほど。なるほど。俺は全てがわかった。片桐美梨が自殺しようとした理由もわかった。
俺はその時の片桐美梨のことを考えた。きっと彼女は怖かっただろう。休日には一瞬たりとも同級生には会いたくない。顔も見たくない。そういう環境から逃げられたはずなのに、片桐美梨をまた同じ状況にこいつらは突き落としたのだ。
俺と美梨をほっといてくれればよかったのに、無視してくれればよかったのに、二人になって楽しそうにしているのが生意気に思えたのか。匪賊は匪賊らしく、寂しそうな顔をしていなくちゃいけないってのか?ほっといてくれよ。ほっといてくれよ。ほっといてくれよ。
「ほっとけよ。ほっとけよ。俺たちからお前らに危害を加えることなんかないじゃないか!」僕は何度も何度も大山の頭を机に打ち付けた。その度に口に入れた手は大山の喉の奥を傷つけた。大山はジタバタすることもやめ、抵抗する腕にも力が入っていない。
「お前ら何やってるんだ。」誰が呼んだのか豚ゴミが来た。豚ゴミが俺のことを止めに入る。豚ゴミにも大山を人質にして言うことを聞かせてやることはできたが、大山を殺したところで何もいいことはないのはわかっていた。
俺は手を抜いて、ついでだから豚ゴミを殴った。


(つづく)

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