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父のパンツは良いパンツ


一泊だけ、実家でのんびりしてから東京に戻ってきた。

その際、洗濯物に父親のパンツが一枚混ざっていることに気が付かずに帰ってきてしまい、洗濯物を干そうとしたら、
「なにこれ?!知らない男のパンツが洗濯機の中に混ざってんだけど?!?!」とパニックになり、かなり動揺した。

私が実家に帰っている間、私の部屋で知らない誰かが暮らしていて、パンツ一枚だけ置いて行ってしまったのか?と一瞬漫画みたいなストーリーが頭に浮かび、かなりギョッとしたが、
冷静に考えて、実家でテキトーに荷造りした時に自分が父のパンツを持ってきてしまっただけじゃんね、と気が付いた。

「間違えて持ってきちゃった、ごめん、送り返すね〜」と言ったら、
「送料もったいないから捨てていいよ、ボロボロだし。あ、あんたの洗濯物と一緒に干しておけば?!魔除けになるかもよ!笑」と母に言われた。

まぁ、防犯的にそれもいいな〜と思って一緒に洗濯物を干してみたが、
父のパンツが私の洗濯物と一緒に干されて風に揺れているのを見ると、毎回新鮮に驚いてしまって落ち着かない。
揺れるたびギョッ、とする。おじさんのパンツ、見慣れないサイズ感、全てに違和感を感じてしまうのだ。

なんだかとても忍びない気持ちになり、お詫びに新品のパンツを買って、一緒にお返しすることにした。 


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「歳をとると、気に入ったものしか身に付けなくなる。」
そんな話を偶然聞いた。

新しい服、新しい靴下、新しい下着。
どんなに着心地の良さそうなものでも、人はなぜか歳をとると受け入れられなくなって、
ボロボロになったお気に入りの服ばかりを繰り返し着るようになる。家族が素敵なものをプレゼントしても、全然響かなくなるらしい。

なんとなく、私も私の父も偏屈の傾向が強いので、安易にそうなる姿が目に浮かんだ。私たちはとても似ているので、こう言う時の思考が手に取るようにわかる、モロに想像できてしまうのだ。

この先、いつか父が介護施設に入ることを想像してみた。
ボロボロの下着を身につけている偏屈お爺さんか、可愛らしいチャーミングな下着を身につけている偏屈お爺さんとでは、間違いなく対応が変わってくると思う。

どうせなら小綺麗で、可愛いパンツを履いている老人の方がエンタメ性がある。つまんねーかおもしれーかどっちが良いかと問われたら、年齢立場問わずに、おもしれー方がいいに決まっている。これは世の常識だ。

父は陰キャだし、人間なんて苦手だと言うくせに、人てんかんを起こして必ず人を笑わせたがるから、パンツのレベルからネタを仕込んだ方が盛り上がるに違いない。そんなことを思い、父にはかなり可愛いらしいピンク色のパンツを贈ることにした。
毎日地味な服を着て過ごすより、浮かれたピンクのパンツを履いている方が、心なしが元気になる気がする。細胞レベルでハッピーになってほしい。そう思って、浮かれたハッピーピンクカラーのパンツを贈答することにしたのであった。


そのあと、一ヶ月くらいして、
すっかりそんなことを忘れて過ごしていたら、母親から電話がかかってきた。


「お父さんね、あのパンツすっごい気に入って、洗濯物乾くと自分で持ってって、しょっちゅう履いてるんだよ。ありがとねぇ。」と。

嬉しすぎる報告に、脳汁が出た。

贈り物を気に入ってもらえるのは、なんかこう、脳内麻薬が出るなと思った。

一枚2500円のパンツ。
超ピンクのパンツ。
老人が着用するにはかなり浮かれた色だけど、

お風呂上がりに楽しい気持ちで着替えてくれる父の姿を想像すると、よくわかんないけど私までウキウキしてしまう。

小さい時、枕元に置いてもらったでっかいティディベアみたいに
お父さんにも嬉しい気持ちになってもらえたなら、私も嬉しいな、と思った。

「お母さんにも今度可愛いの買ってあげるね」と言ったら、
「私は大丈夫、常に小綺麗だから。笑」と断られた。

今度はお母さんにも、クリティカルヒットするギフトを考えようと思う。


贈り物は楽しい。

クリスマスじゃなくても、誕生日じゃなくても、お歳暮やお中元じゃなくたって、贈りたい時に贈っていい。

暮らしの中に、誰かに贈り物を贈る余裕のあることを、幸せと呼ぶのかもしれないし、
贈る相手がいることを、幸せと呼ぶのかもしれないな。
そんなことを思った。

このお金で一緒に焼肉行こ〜