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父の葬式代が私の結婚式費用に変身した話

私の結婚式の費用は、そもそも父親の葬式代になるはずのものだった。


突然の病に倒れた若き日の父は、「もし死んじまったら葬式代になるから」と、慌てて積み立て型の互助会に入ったそうだ。
月々3000円で積み立てられたその保険はが、加入したことすらすっかり忘れて満期になった頃、父は奇跡的に病気を克服し、社会復帰をし、そして定年を迎えていた。

たまたまタンスをひっくり返した母が「そういえば、これって結婚式にも使える積み立てだった気がする」と気が付き、
「結婚式挙げたいけど、お金もないし、写真だけにしようかな…」などとぶつくさしていた私達夫婦のもとに話が舞い込んできた。

前のめりに挙式を願っていた母は即式場を見に行き、それから話はトントン拍子。
めでたくして父の葬式代は、私の結婚式費用に大変身することとなった。


父は「俺が死んだら山にでも撒いてくれ、お墓みたいな狭くて暗いとこ嫌いだしィ。」と言って、そのお金を私の為に使いなさい、と渡してくれた。

ありがとう、お父さん。
気恥ずかしいので、ネット上でそっと感謝を述べさせていただきます。

挙式は、父の臍帯血胞移植から16年目の日に挙げることになった。

16年前のあの夏の日、
日本のどこかで産まれた知らない女の子のへその緒が、父の身体の一部となり、命を繋いでくれた記念すべき日だ。

女の子の細胞をもらったことにより、父は「染色体がX Xの男」という、生物上謎の生き物へと進化を遂げたが、
今はおかげさまで元気にバイクに乗ったり、庭で野菜を育てたりと、初老の趣味を満喫して暮らしている。

あの臍帯血移植のおかけで
私と父はバージンロードを歩くことができたのだ。



***


細くなった父の腕を掴みながら、色んなことを思った。

今、こうして隣に父がいてくれること、
自分の足で歩けること、
自分が好きな人と結婚出来たこと、

全てが奇跡に思えてくる。


嘘みたいに綺麗なステンドグラスの教会で
私は好きな人の妻となった。


親兄弟だけの小さな式だったが、家族の誰一人欠けることなく、みんな健康に生きてここに揃っているのだから、これ以上ない最高の結婚式だと思った。


チャペルを出て、中庭への扉を開くと、
晴天の青空に、大きな入道雲がぷかりと浮かんでいた。


父の臍帯血移植の日、虎の門病院の前で見た時と同じ、大きな入道雲だった。



季節がゆっくり巡るみたいに、
人生もゆっくりゆっくり進んでいて、
私たちはゆっくり、そして確実に歳を重ねている。

不思議なことに、普段の生活の中ではそれに気がつかなかったりするもので
挙式をあげたことによって「私は生きているんだなぁ」と漠然と感じることができた。


人生は進んでいく。
一日一日、ゆっくりと、慌ただしく。

これからもっと忙しい毎日が来ても、
たまにはしんどい出来事があっても、
私はきっと大丈夫。
そう思えた。


病気になっても、勤めて明るく振舞ったお父さん。
社会復帰してからも新しいことを学び続け、頑張って定年まで働いてくれた。東京に出るのも反対せず、好きなことをさせてくれた、寛容なお父さん。

長い闘病生活の中、文句ひとつ言わずに看病し続けた、愛情溢れるお母さん。
薬の副作用で便秘に苦しむ父がトイレで踏ん張っているのを見て「そんな姿も愛おしい」と言って、私たちの前で涙を流したのは、その一度きりだった、強いお母さん。

そして
様々なコンプレックスでがんじがらめになって、様々なものをこじらせた私を、いつも笑わせてくれて、明るくしてくれる主人。

こんなに素敵な家族に愛されているのだから、きっと私は大丈夫。もっともっと幸せになれる。
心からそう思った。

***


父に臍帯血をくれた女の子は、今頃16歳だ。

青春真っ只中で、どこかでタピオカミルクティでも飲んでいるのだろうか。
どうか、楽しく幸せに暮らしていてほしい。

あなたのおかげで、私は父とバージンロードを歩くことが出来ました。
命を、父に命を分けてくださって、本当にありがとうございました。



臍帯血は、簡単に言うとへその緒だ。

本来なら捨ててしまう部分を提供してもらい、臍帯血バンクに登録することで、白血病などの移植治療に使われている。

提供できる施設が限られていたり、いくつか条件はあるものの、赤ちゃんにもお母さんにもまったく負担がかからないことが特徴だ。

私もいつか、もし子供を産む日が来たのなら
必ず臍帯血バンクへ提供して恩返しをしたいと思っている。
これを読んでくれた方も、ぜひ一度ホームページを覗いてみてくれると幸いです。


父の葬式代が私の結婚式費用になってくれたこと。

父が生きていてくれたからこそ、バージンロードを一緒に歩けたこと。


今日という日を無事に終えることができた幸せに、心から感謝したい。

本当にありがとうございました。


これからもどうぞ末永く、よろしくお願いします。

http://www.bmdc.jrc.or.jp/generalpublic/saitai.html


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